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スプーンひとさじの甘いキモチ 2(完結)
白蘭は今、何しているだろう。僕はいけない、と頭を振った。今は仕事中なのだ。集中しないと…だけど、あの日の白蘭の言葉がどうしても忘れられなかった。


休憩中に携帯をそっと開く。しかしそこには着信も新着メールの表示もなかった。僕はそっと溜め息を吐いた。あの日以来、僕から連絡することが躊躇われて電話もメールもしていない。だけど白蘭の方からも、特に連絡がある訳ではなかった。…そういうことでしたら、もう違う店でケーキでも買ってやりましょうか。そんな風に強がってみせたけれど、本当は笑顔の彼が見たかった。





今日は久しぶりの残業だったので、僕は疲れた体を引きずるように会社を出て駅へと向かった。駅の近くには白蘭の店がある。彼には来ないように言われていたので、彼の店が視界に入らないように足早で駅の中へと入ろうとした。そこで僕の足が止まった。もうとっくに閉店時間は過ぎている。白蘭も帰っているだろうから、店には居ないはず。…少しだけなら。白蘭は居ないことは分かっていたが、何となく店に行きたくなって僕は体を翻した。


白蘭の店に着いて僕は戸惑った。こんな時間なのに、まだ灯りが点いていたからだ。良く見るとどうやら厨房の方で、彼はまだ仕事をしているようだった。こんな時間まで店に居るなんて。やはり白蘭は忙しかったのか。そのまま静かに後ずさると、僕は来た道を引き返していた。





自分の部屋に帰っても、僕はぼんやりしていた。このままで良いのだろうか。…いや、そんな訳ないではないか。僕が変な意地を張って、ふてくされたままならば、白蘭ともずっとこんなぎくしゃくした関係のままになってしまう。やはり明日、彼に会いに行こう。そして店に来ないように言った理由を聞き出します。白蘭に嫌われるかもしれないが、構っていられなかった。


僕はあなたの恋人なんです。あなたと一緒に過ごす時間は、どんな小さなものでも大切です。だから、恋人の我が儘を許して下さいね。



*****
翌朝ベッドから起きようとした僕は、すぐ近くに置いていた携帯がチカチカ光っているのに気付いた。眠い目を擦りながら確認すると、それは白蘭からのメールだった。久しぶりの彼からのメールに変に心臓がドキドキする。そこには、今週末の午後に店に来て欲しいという内容が書かれていた。今日の会社帰りに白蘭に会いに行こうかと考えていたが、彼からメールが来たので週末に行った方が良いかと思った。その時にきちんと彼と話せば良い。もう、うじうじ悩むのはやめです。僕はそう決心して白蘭に返信をしたのだった。



*****
白蘭に指定された土曜日の午後。普段は営業時間中なのに、僕が店に行くと、ドアには紙が張られ、本日臨時休業の文字が踊っていた。僕を店に呼び出しておきながら、自分は居ないとかはないですよね。僕は白蘭に連絡してみようと携帯を取り出そうとした。それと同時に突然目の前のドアが開き、優しい笑顔の白蘭が現れた。


「やっぱりちゃんと時間通りだね。今日は来てくれて嬉しいよ。久しぶりの骸君だから、僕もう我慢できない!」


そう言うと白蘭は、僕に思い切りギュッと抱き付いてきた。瞬間、甘い彼の匂いが僕の周りに広がった。突然抱き付かれて僕は酷く動揺してしまった。店に来るなと言われたり、全然連絡もなかったら、嫌われたのかと思うではないか。仕事の方が、僕と居るよりも楽しいのではないかと考えてしまうではないか。なのに白蘭は会えなかった寂しさを埋めるように、きつく僕を抱き締めた。


彼の真意が見えないままに、僕は腕を引かれて店内に入った。白蘭は店の端に置かれた飲食のできるティーテーブルに僕を案内すると、椅子を引いて座るように促した。僕が大人しく座ると、彼はちょっと待っててねと呟いて、店の奥に消えた。それから暫くすると、白蘭は可愛らしい皿に載せられたケーキを持ってきた。それはシンプルなチョコレートケーキだった。だがそのケーキは、僕が初めて見るケーキだった。


「…骸君、この前はお店に来ないで欲しいなんて言ってごめんね。実はこのケーキが関係してて。」

「どういうことでしょう?」

「えっとね、実は前から応募しようと思ってたコンテストがあったんだ。大切な人をイメージしたスイーツのやつなんだけどね。勿論僕は、骸君をイメージしたケーキを作ろうと思って…それがこれだよ。」


白蘭は僕の目の前のケーキを指差した。


「このケーキが完成するまでは、骸君に内緒にしておきたかったんだ。君を驚かせたかったから。だからあんなこと言った。それに骸君にわざと会わないようにして、君のことばっかり考えるようにしてたら、僕の中に良いアイディアが生まれたんだ。…だけど僕の都合で君を振り回したのは確かだから、それは謝りたい。」

僕が迷惑だとばかりに思っていたから、白蘭の話は思いもよらないものだった。まさか僕のことを考えてケーキを作っていたとは。僕が迷惑だとか、嫌いになった訳じゃなかったんですね。僕は何をうじうじ悩んでいたのだろう。大切な人のことを少しでも疑ってしまうとは、本当に馬鹿だった。白蘭はこんなにも僕を想ってくれていたのに。


「これね、イタリア語でTu sei il mio tesoroって名付けたんだ。…あなたは僕の宝物って意味だよ。このケーキは骸君だけのことを考えて、骸君の為だけに作ったんだ。だからお店で売ることはないし、君以外に食べて欲しくないんだ。」

「僕だけの為に…」

「うん。いつも僕は骸君と居ても、仕事で君を振り回しちゃうことがあるから、こんなことでしか返せないんだけど。…でも僕がこんな風に仕事に夢中になっちゃうのは、骸君のことを考えちゃうからなんだ。君が僕の作ったスイーツを食べて、喜んでくれる顔が見たくて。骸君が、僕の作ったもので嬉しそうにしてくれる所が見たくて。だからついつい仕事に力が入っちゃうんだ。でもだからって骸君に寂しい思いをさせちゃいけないんだけど。」

「あなたはそのままで大丈夫ですよ。」

「えっ?」

「あなたの気持ちはちゃんと分かりましたから。…だからまた、会社帰りにここに来て…良いですよね?」

「うん!コンテストはもう終わったし、骸君に内緒にしておくことはないもん。…不安にさせてごめんね。」


白蘭は手を伸ばすと、そっと僕の頬に触れた。触れた部分から彼の想いが伝わってくるようだった。もう大丈夫だ。今までは寂しくて不安になることもあった。だけど白蘭の仕事に対する思いを知って、それは僕の喜ぶ顔が見たいからという何とも嬉しいものだったのだから。


「いつまで触ってるんですか?僕、早く食べたいのですが。」

「あっ、ごめん。どうぞ食べて下さい♪」


フォークで一口に切って口に運ぶ。スポンジの柔らかさやチョコレートの甘さが何とも言えない美味しさだった。白蘭の作るものは何でも美味しいとは思うけれど、このケーキはもしかしたら1番ではないかと思った。口の中で味わっていると、チョコレートとは違う味に気付いた。木苺やベリーのような爽やかな酸味が後から広がって、チョコレートと絶妙な味を醸し出していた。僕の表情を見て白蘭は嬉しそうに頷いた。

「チョコレートクリームの中にフランボワーズやブルーベリーなんかを混ぜ込んだんだ。骸君って甘い顔を見せてくれるけど、それだけじゃない。甘酸っぱいような刺激的な所もあるから、それをイメージしたんだよ。それに最初は見た目ももっと派手にしようかとも思ったんだけど、骸君はそのままですごく綺麗だから。飾らない美しさってことでシンプルにしたんだよ。」


白蘭の説明を聞きながら、僕は段々恥ずかしさで一杯だった。そこまでこのケーキには僕が投影されているのなら、店で売らなくて正解だと思う。このケーキを見る度、顔が赤くなってしまうだろうから。


「とても美味しくて幸せな気持ちです。白蘭、僕の為に本当にありがとうございます。…これからも仕事、頑張って下さいよ。僕はやはり、楽しそうに働くあなたが好きなんですから。」


今の言葉に嘘はなかった。僕は白蘭の作るスイーツを食べると幸せになるし、仕事に一生懸命な彼を見ることが好きで仕方なかった。


僕は優しく白蘭に微笑んだ。彼も僕の気持ちに応えるように、そっと手を握り締めると、嬉しそうに笑った。



*****
今日も閉店間近だというのに、店には多くの客が居た。あぁ、早く2人きりになりたいのに。白蘭もそう思っているのか、客に釣り銭を渡しながらも、ちらっと僕の方を見ていた。





「骸君〜、今日も疲れた〜。」


白蘭は僕にべったりくっついて甘えている。あの出来事以来、白蘭のスキンシップが激しくなっているような気もするが、僕の癒やしが彼のように、彼にとっても僕と居ることが癒やしになっていることは純粋に嬉しかった。

「あっ、いけない!忘れる所だった。」


白蘭は弾かれるように僕から体を離すと、慌てて何かを持ってきた。


「骸君!見て、これ!この前言ってたコンテスト、僕1番取っちゃった♪やっぱり僕の骸君に対する想いは、誰にも負けないってことだね。僕の愛の力ってすごい!」


白蘭は嬉しそうに、コンテストの優勝が書かれた賞状を振り回している。僕も自分のことのように嬉しかった。白蘭の作るスイーツが認めてもらえたのだから。でもそれだけじゃない。白蘭の僕への想いが、目に見える形でまた1つ分かったのだから。


「あのケーキ、また作って下さいね。美味しくて僕の大好物になってしまいました。」

「気に入ってもらえて、僕、本当に幸せだよ。……スイーツを作る時ってお砂糖を入れるでしょ?その時僕はいつも骸君のことを考えながら、甘くて美味しくなあれ、骸君が食べた時に幸せを感じられますようにって気持ちを込めながらスプーンで入れてるんだよ。だから絶対に美味しくなるんだ。」


白蘭は本当に幸せそうに語った。僕はもうそれだけで十分で、それだけで心がふわりと温かくなっていた。



*****
僕の恋人は、魔法の手を持っている。その指先からは、本当にたくさんの美味しくてキラキラしたスイーツ達が生み出されるのだ。

彼が作るスイーツを食べると、いつも僕は幸せになる。何故ならそこには僕への想いが溢れんばかりに詰まっているからだ。


彼は仕事を大切にしているから相変わらず忙しそうだけれど、僕にとっては今まで以上に大切で、自慢の恋人だ。





END






あとがき
仕事と僕のどっちが大切なんですか?な骸ですみません。彼の人格捏造が酷いですね(^^;)もっとさらっといこうと思っていたのですが、とんだ乙女になってしまいました( ̄∀ ̄)


今回は白蘭は、骸の為に頑張っていたのにそれがなかなか伝わっていなかったパティシエになってもらいました。甘い物が好きな白蘭なので、パティシエとか似合いますよね(^▽^)もういっそ骸専用パティシエになって、骸の為だけに作ってあげて欲しいです^^


お話の中のイタリア語は翻訳サイトで探したのですが、いまいち合っているか分かりませんwですので、字の雰囲気だけを味わって下さると嬉しいです。

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました♪

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あきゅろす。
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