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隣り合わせの恋 6
2度あることは3度ある…今日はついていないなと、ため息を吐きながら僕は出掛ける準備をして、アパートのドアを開けた。




話は少し前に遡る。今日は1日運がない日だった。定期券を忘れたことに気付き、取りに帰って講義に遅刻。以前から探していた本を図書館で借りようと思ったら、貸し出し中。またバイト中に誤ってお皿を割ってしまったり。こんな小さなトラブルが続いて、僕はげんなりしたまま帰って来た。


さすがにもうこれ以上悪いことは続きませんよね。お風呂にゆっくり入って、今日の疲れを癒やそうと考えた僕は浴室に向かい、蛇口をひねった。しかし一向に水の出る気配がない。昨日まではきちんと出ていたのに。台所や洗面所の水道を確かめると、こちらはちゃんと水が出てくる。つまり、浴室の水道にだけ何らかのトラブルが発生したようだ。


あぁ、本当に最悪です。


季節は夏に近づいており、最近は汗ばむ日も増えてきている。このまま寝る訳にはいかない。僕はとりあえず大家のおじいさんに連絡を入れた。すると工事には3日ほどかかるという返事を貰った。


これはもう仕方のないことなので、僕はこの際温泉やスパを利用するしかないと思い、準備して出掛けることにしたのだった。



*****
出掛けようとして、僕ははたと気付いた。アパートの周辺や駅前には、そういった施設がないということに。


そうなると少し先の街まで行かなければならない。せっかく温かいお湯に浸かっても、電車に乗らなければならないことを考えると、疲れが取れない気になった。僕がドアの前であれこれ考えていると、ガチャリと音がして白蘭が出てきた。これから仕事に行くようで、いつ見てもスーツが良く似合っている。


「やっほ〜、骸君。これからお出掛け?うぅ、僕も仕事がなければ骸君を誘うのに〜。」

「まぁ、出掛けるというか、お風呂に…。」


僕はアパートの状況を白蘭に説明した。すると彼は、うちのお風呂使っていいよ♪と言ってきた。


「いえ、大丈夫ですから。…あなたに迷惑掛けたくありませんし。」

「迷惑なんてとんでもないよ。お風呂に入るのに、いちいち電車に乗ってたら大変だよ。だからさ、僕の部屋の使ってよ。だって困った時はお互い様でしょ。それに僕、骸君のことになると何でもしてあげたいし。」


ちょっと待っててと言うと白蘭は一旦部屋に引っ込み、また僕の所に戻ってきて僕の手に何かをそっと握らせた。


「これは…」

「僕の部屋の合い鍵。工事って3日間だっけ?その間、この鍵で入っていいから。残念だけど、どうせ僕仕事だし、部屋には誰も居ないからゆっくりできるよ。」

「ですが、」

「他の子なんて僕、絶対部屋になんて入れないよ…骸君だからいいんだよ、だからさ、お願い?」


そう言って彼はふわりと笑った。その笑顔に何も言えなくなってしまい、僕は彼の申し出に甘えることにした。



*****
白蘭の部屋。当然入るのなんて初めてだった。



僕、馬鹿みたいに緊張しているみたいですね…さっきから心臓がうるさいです。シャツをキュッと握り締めてから、そっと彼の部屋に入る。白蘭の部屋は全体的に白で統一されていた。家具もセンスの良い物が置かれており、テーブルには花が好きな彼らしく、花が生けられている。それに、

「いい香りがします。」


アロマか何かだろうか、部屋には爽やかな柑橘系の香りがほんのりと漂っていて、心が落ち着いた。


*****
「さっぱりしましたね。」


お風呂から出て着替えも済ませ、洗面所にある鏡で髪を整えていると、ふと側に置かれた香水に目がいった。これは白蘭が使っている香水でしょうね。


僕は自分でも何をやっているのだろうとは思ったのだが、その香水を何となく試してみた。その瞬間、嗅いだ覚えのある香りが鼻をくすぐる。



白蘭の匂い。



不意にまるで彼に包まれているような気持ちになり、一気に恥ずかしさがこみ上げる。僕、何でこんなことを…せっかく収まったというのにまた心臓がドクドクと鳴り始めた。





彼の部屋の鍵を閉めて、自分の部屋に戻っても、心臓はうるさいままだった。このまま白蘭の部屋で入浴を続けて、自分の心臓は保つのだろうかと不安に思う一方で、白蘭の言葉を思い出して気分が少し上昇した。


骸君だからいいんだよと、彼は自分の部屋に入れてくれた。これは僕は特別ということなのでしょうか?


白蘭にそう思われるのは別段嫌ではない。むしろ嬉しいのかもしれないと、心のどこかで思っている自分が居て、僕は驚いてしまった。



*****
自分の気持ちの変化に驚きつつも、少しだけ先が見えてきたような気がしたうちに、白蘭の部屋に行くのも最後になった。


浴槽の中でぼんやりと考える。あれから白蘭には会っておらず、きちんと感謝を伝えていない。それに何かお礼がしたいとも思う。彼にも喜んでもらいたい。


そういえば、あの時は驚いてしまったので、定期券のお礼もきちんとしていないんでしたっけ。そこでふと僕は思い出した。


白蘭と朝、偶然会った日。その日から時々ではあるが、仕事帰りの彼と会うことが増えたのだ。その時数回、彼はコンビニの袋を提げており、朝食兼昼食だと笑って、美味しいご飯が食べたいけど、作るのが面倒くさいんだよねと言っていたのだ。


凝った物とまではいかないまでも、僕は料理は得意な方だ。…何か白蘭に手料理を振る舞うのはどうだろうか。僕の押し付けかもしれないが、学生の身では高価な物を贈るのはきつい所がある。料理を作るなら、そういう心配はいらない。それに何よりも自分の料理を食べて喜んでくれる白蘭の顔が見たかった。


*****
部屋に戻ると、僕は冷蔵庫の具材で簡単なサンドイッチを作った。そしてそれを白蘭の部屋のテーブルに置き、その横にメモを添えた。そこにはお風呂を使わせてくれたことのお礼と、そのお礼として白蘭の都合の良い時に手料理を振る舞いたいことを記した。


何だか大胆なことをしてしまったかもしれないと思ったが、これを見て驚く彼を想像したら、これも良いかなと思えた。



今度会った時に好きな食べ物でも聞いてみましょうかね。



僕はそんな風に考えながら、そっと微笑んだ。

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