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admiration 2(完結)
骸の目の前では、今まさに白熱したシーンが展開されていた。


「君に僕が倒せるとでも思ってる訳?」


白蘭は相手を見下す冷たい微笑みを浮かべてせせら笑った。


「俺は絶対にお前を倒す。」


そう静かに呟いて、綱吉が白蘭に向かっていく。2人が激しく戦っているのを、骸はセットから少し離れた場所で見ていた。今日は自分の撮影はなかったのだが、少しでも白蘭の演技に触れたくてスタジオを訪れていた。


やはり白蘭はすごい。アクションシーンでも動きに無駄がなく、役者として本当に完成されている。体全体で表現するのが演技ならば、彼はまさにそれを体現していた。主役の綱吉でさえも圧倒してしまうような存在感。見る者を自分に惹き付ける演技力。本当に彼は自分の遥か先に居るのだと思い知らされる。少しでも彼に追い付きたい。彼の隣に堂々と立てる役者になりたい。その為にも、できることを少しずつやらなければならない。今、白蘭の演技を見ていることだってその1つだ。彼が演じている所を見るだけでも、たくさんのことが得られるのだから。骸は台本を片手に白蘭の演技をじっと目で追い続けた。


「あれ?骸君じゃん!今日、撮影あったっけ?」


休憩の為にセットから出た白蘭は、骸が居ることに気付くと手を振ってこちらに歩いてきた。


「お疲れ様です。今日は僕は撮影はないのですが、あなたの演技を見ようと思って来たんです。」

「僕の?」

「はい。あなたの演技からは本当に学ぶことが多いと思っていますから。勝手に見学させてもらいました。」

「え〜、そんなこと言われると照れちゃうよ。でもありがとう。すごく嬉しいよ、その言葉。」


白蘭は頭を掻きながら嬉しそうにはにかんでいた。照れたその表情は骸の胸を甘く締め付けた。


「明日は確か僕達の撮影日だったよね。骸君の演技、楽しみにしてるからね。僕、本気でいくよ。」

「望む所です。僕も頑張らせて頂きます。」


撮影再開の声に白蘭は再びセットに戻っていく。彼の背中を見つめながら、明日は彼が喜んでくれるような演技をしてみせると、骸は強く思った。



*****
衣装に着替え、台詞をもう1度確認すると、そっと目を閉じて自分という存在を消していく。今から僕は、僕じゃない別の人生を生きるのだ。ゆっくりと目を開けて鏡の中の自分を見る。そこには自分の姿が映ってはいたが、もう「六道骸」ではなかった。


そのまま控え室を出るとまっすぐにセットへと向かう。今日は白蘭との大詰めのシーンの撮影だった。今回は背景にCGが使われるということで、セットも美術スタッフが丁寧に作った物ではなく、木箱が積み重ねられたような簡単な物だった。だがそういう時こそ、この場所で演技を見ている者達に、自分が演じている場面を想像できるような演技をしなければならない。ありありと周りの景色が目に浮かぶような。これは腕の見せ所だ。白蘭もCGを使うからといって、手を抜くような演技は絶対にしないはずだ。彼に少しでも近付ける演技をしてみせる。





監督の指示で白蘭と向き合う。彼もすでに「彼」ではなく、残酷な笑みを浮かべて、冷たい瞳で骸を見ていた。体が震えるのが分かる。だがこれは白蘭に怖じ気づいたからではなくて、彼と真剣に演じられる喜びからくるものだった。彼との撮影もあと僅かになってきている。そして今日のシーンが彼との最大の見せ場なのだ。気持ちが高ぶってしまうのは仕方がないことのように思えた。


「へぇ、まだ生きてたんだ。あの時で死んじゃったと思ったのに。やっぱりスパイしてただけのことはあるんだね。」


白蘭がゆっくりと近付いてくる。彼から発せられる見えない何かが、無意識に骸の足を後退させた。彼は今まで以上に本気だ。僕だってー―


「えぇ。スパイは上手く立ち回るのが得意なんですよ。」


骸は白蘭にも劣らないような冷ややかな笑みを返すと、台本の通りに彼へと走って間合いを詰めようとした。しかし途中で床が滑るような感じがした。だがそう思うより早く体がバランスを崩し、すぐ脇の木箱にぶつかった。高く積まれたそれらが自分の真上に落ちてくるのがどこか遠くの出来事のように感じられた。


「骸君!!」


白蘭の悲痛な叫び声が聞こえた気がしたが、骸の意識はそこで途切れたのだった




*****
誰かが自分の手をそっと包んでいる気がする。温かくて優しい… ゆっくりと意識が覚醒し、骸は辺りを見回した。


「ここは…」


「骸君!良かった…ここはスタジオの医務室だよ。さっきのこと覚えてる?」


白蘭の言葉にぼんやりと先ほどの状況を思い出した。確か自分は白蘭と戦う為に彼に向かっていったが、何故か足が滑ってセットへとぶつかったのだった。


「はい、一応覚えてはいます。」

「僕達が撮影してたセットで、午前中まで水を使ったシーンを撮影してたんだって。で、多分床をちゃんと掃除してなくて、濡れたままの所があったみたい。骸君はそこで滑ってセットにダイブしちゃって、いくつか木箱の下敷きになっちゃって。軽い脳震盪で済んで本当に良かった。骸君に何かあったらどうしようかと思った。」

「僕、今までずっと眠ってたんですか?」

「うん、だから本当に心配で。あ、撮影なら大丈夫だよ。今は他のシーンを撮ってるから。」


白蘭の言葉に骸は真っ青になった。彼が自分のことを心配して側に居てくれたことは嬉しかった。しかしそれ以上に、彼に迷惑を掛けてしまったという事実が骸を苦しめた。撮影中に水を差されるようなことがあると、演技に対するモチベーションが途切れてしまうことだってあるだろうし、撮影のスケジュールも狂ってきてしまう。どうしよう。彼に迷惑を掛けた。彼の足だけは引っ張りたくはなかったのに。


「骸君、どうしたの?やっぱりまだどこか痛いんじゃ…」


白蘭は心配そうな顔をして骸の顔に手を伸ばすと、目尻から零れそうになっている雫を優しく拭った。自分でも気付かない内に泣きそうになっていたなんて。頭が混乱しそうだった。


「…あなたに迷惑を掛けてしまったことが…情けなくて。僕のせいで演技を中断させてしまいました。」

「そんなこと気にしなくていいのに。」


白蘭は骸を宥めるように優しく微笑んだ。だが骸は昨日の言葉を思い出していた。彼は自分に今日の演技を楽しみにしていると言ってくれたのだ。なのに自分の不注意でそれを台無しにしてしまった。これは最早演技以前の問題ではないのか。そう思ったら、まともに彼の顔が見られなくなった。下を向いてシーツを強く握る手をじっと見つめる。その時突然目の前に影ができたかと思うと、白蘭が骸をそっと抱き締めた。骸は何が起きたのか分からず、されるがままになっていた。骸が黙っていると、白蘭がそのままの状態でゆっくりと耳元で大丈夫だよ、と繰り返し囁いた。白蘭が自分を抱き締めている。これ以上ないというほどの幸せが自分を包んでいた。


「……好きです。」


骸の言葉に白蘭の体が揺れた。だが抱き締められているままだったので、彼の表情は分からなかった。


「…ずっとずっとあなたに憧れていました。あなたの演技を見て、役者になろうと。あなたは僕の目標なんです。でもいつの間にか、あなたはただの憧れではなくなって、僕の好きな人になっていました。」


とうとう言ってしまった。彼には伝えずに、自分の胸に仕舞っておこうと思っていたのに。抱き締められて気が緩んでしまった。でも後悔などしていない。ゆっくりと体が離されて、白蘭が骸に向き直った。彼は骸が今まで見たことのないような幸せそうな顔だった。


「ありがとう、骸君。」



*****
「この前の白蘭のドラマ見た?超カッコ良かったよね!」

「うん!相変わらず演技上手いよね。でもさ…」

「骸でしょ?私、ファンになっちゃったもん。白蘭との戦いの時、すごくイイ表情してたよね。」

「私もそう思った!これから彼もチェックしないとね。絶対人気出るよ〜。」



新しい作品の台本の打ち合わせの為に、スタジオへと向かっていた骸の耳に自分の名前が聞こえてきた。それは自分の少し前を歩いている女子大生の2人組からだった。


実際に白蘭とのシーンは色々と反響が大きく、あのシーンを見て…と、仕事を依頼されることもあるほどだった。まだ少しではあるが、でも確実に白蘭に近付いている気がする。それがこのように実感できることが嬉しかった。


白蘭とはあの日から、恋人関係になっていた。彼は骸の想いを優しく受け入れてくれた。自分が演じることが、骸の特別になっていたことがとても幸せだと言ってくれた。白蘭は骸にとって大切な恋人だ。けれど役者として目指すべき人物であり、いつか必ず彼と並ぶことができるようになりたいとも思っている。そして嬉しいことに、次の新しい作品でも再び白蘭との共演が決まっていた。今度は敵と味方ではないので、彼がどんな演技をしてくるのかが楽しみだった。


骸にとって白蘭は素敵な恋人であり、でも目指すべき最高の役者で。


僕と彼は本当に刺激的な関係ですね。


楽しそうに笑って、骸は柔らかな木漏れ日の中をスタジオへと向かって歩いて行った。






END






あとがき
役者な白骸にお付き合い頂き、ありがとうございます♪


この2人、その内某声優2人組みたいに役者ユニットになって、一緒に共演する度にキャーキャー言われるようになりそうです^^


個人的には骸は役作りの為に色々と頑張るけれど、白蘭は台本読んでさらっと入り込めてしまう天才型かなぁと思います♪それに自分が出ていなくても、骸の台詞合わせとかに付き合ってくれそうです。


恋人だけど、自分の尊敬する目標の人でもあるという関係も何かいいなぁと思って、こんなお話になりました。


ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました(≧▽≦)

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あきゅろす。
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