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admiration 1
役者な白骸です




骸は今この瞬間、目の前の憧れの人物と共演できていることに無上の喜びを感じていた。



ずっとこの日を待ち望んでいたのだ。彼―ー白蘭と演技ができる日を…



*****
ここはとある撮影スタジオ。骸は白蘭との会話シーンの撮影に臨んでいた。自分が演じる役が、白蘭演じる敵のリーダーにスパイである正体を見破られ、追い詰められているという状況だった。


「まさか君がスパイだったなんてね。君のことは気に入ってたのにな。…だけど僕に刃向かうのなら、生かしてはおけないかな。」


酷薄な笑みを浮かべて楽しそうに彼は呟く。冷たい瞳が真っすぐに骸を射抜き、背筋がぞくりとした。自分が演じていることを忘れそうになるほど、白蘭の演技は人を引き込んでしまう力を持っている。しかし、彼の演技に飲み込まれてしまっているようでは、彼と対等に演技で渡り合える日など来ないのだ。


僕はいつか白蘭と同じ高みまで行って、そして一緒に演じ続けていきたい。…だけど今の僕では悔しいことに、まだまだだ。もっとたくさんの役を演じて力を付けなければ。





骸が白蘭のことを知ったのは、数年前だ。それは本当に偶然だった。あまりテレビを見ない自分が、たまたま見たドラマに白蘭が出演していた。彼は難病を抱える主人公を演じており、短い人生を必死に生き抜く姿に骸は知らず知らずに惹き付けられ、気が付けば彼の演技に涙していた。こんなことは初めてだった。心が揺さぶられるような気持ちになったのは。


それから骸は役者など今まで興味がなかったのに、白蘭のことが知りたくなって、彼のことを調べようとした。だけどそれはとても簡単なことだったのだ。彼は実力人気共に素晴らしい役者だったのだから。白蘭が出演した様々な作品も簡単に手に入れることができたので、骸はそれを1つずつ見ていった。彼は好青年からヒールな悪役まで幅広い人生を生きていた。彼の演技を見て、自分も彼の隣で演じてみたいと思うようになるのに時間は掛からなかった。


動機は不純かもしれないが、骸は役者になる決心をした。当時の骸は自分の容姿や身長を生かしてモデルの仕事をしていたのだが、その仕事以上に夢中になれるものを見付けてしまったのだ。だから仕事を辞めることにも躊躇いはなかった。その後は養成所やレッスンに通って、演技の基礎を学ぶ日々が続いた。自分の想像以上に苦しい道だったが、いつか絶対に白蘭と共演するのだという決意を支えに乗り越えてきた。


この頃から自分の演技が少しずつ認められるようになり、小さい役ながらもコンスタントに出演できるようになった。ほんの少しずつだとしても、白蘭に近付けている…そう思えるだけで、泣きたくなるほど嬉しくなったのだった。今では、駆け出しの新人ながらも大きな仕事も増えてきて、純粋に演じることが楽しくなっている。そのような時に、白蘭の出演する作品に自分も共演者として参加する話が舞い込んだのだった。


やっと彼に会える。彼と共演できるのだ。本当に本当にここまでやってきて良かった。



*****
「はい、OKです。白蘭さんと六道さんは次のシーンまで休憩してて大丈夫です。」


監督の言葉で骸は無事終わったとほっとした。自分の演技が、白蘭の足を引っ張ってしまったらどうしようと少なからず思う所があったからだ。


「骸君、お疲れ様♪さっきのシーンで、骸君が僕に怯えてた表情、すっごく良かったよ。僕もやりやすくなって、演技がノッちゃったもん。」


白蘭が笑って骸に話し掛けた。演技をしていない素の彼は、とても人懐こくて、いつも共演者やスタッフ達と色々と話しては盛り上がっている。


「あ、ありがとうございます。白蘭さんもとても素敵な演技で、本当に勉強になります。」

「呼び捨てでいいってば。僕、骸君と仲良くなりたいもん。あ、今日の撮影が終わったら一緒に飲みに行かない?」


白蘭に誘われてしまった。ただ飲もうと言われただけなのに、骸は舞い上がってしまっていた。それに彼から名前で呼んでも良いとも。彼との距離が一気に縮まったように感じられた。


「はい、僕は大丈夫です。白…蘭が良いのなら。」

「よし、じゃあ決まりだね!僕のオススメの居酒屋さんだから楽しみにしててね。」


ずっと白蘭と演じられる日を夢見ていた。それが叶って、そしてこうして話すこともできて、一緒に飲みに行く約束まで交わすことができている。ずっと白蘭に憧れていた。憧れて憧れて、彼の隣に立ちたくて…気が付けば、白蘭は骸にとって、もう憧れ以上の存在になっていたのだった。



*****
今日の分の撮影が終わり、骸は白蘭に連れられてスタジオからほど遠くない彼行きつけの居酒屋へと案内された。彼から居酒屋と聞いていたので、所謂会社帰りのサラリーマン達で溢れる場所なのかと思っていた。しかし店内に足を踏み入れると、ハイセンスに黒で統一されており、アレンジが加えられた洋楽が静かに流れていて、自分の想像していた場所とかけ離れていた。


「ここね〜、イタリアンの創作料理を扱ってるバーなんだよ。料理もお酒も美味しいからどんどん注文してね♪」


そう言いながら白蘭は、次々と運ばれてくる料理をワインと共に味わっていた。こちらが驚くくらいに良く食べるんですね。骸は目を丸くして白蘭を見つめた。確かに演じていると、体力的にも精神的にも疲労が溜まるので、食事が大切になってくる。だが白蘭は、その細い体のどこに入るのかと思わせる食べっぷりだった。白蘭の美味しそうに食べる姿に微笑んで、骸も彼に言われるまま、店の人気メニューを食べることにしたのだった。



*****
お酒も進んでくると、次第に今回の撮影のことが話題に上った。


「綱吉君も本当に良く頑張ってるよね〜。彼ってアイドルなのに、アクションシーンとかもスタントなしでやってるし。彼はこれから役者としても伸びそうだなぁ。」


白蘭はふふと笑っていた。彼の口から出た人物のことを思い出す。沢田綱吉。彼は人気アイドルとして活躍しており、今回の作品の主役に抜擢されていた。役者としての経験はあまりないらしいが、演技中に見せるまっすぐな瞳は、彼には秘めたものがあることを感じさせていた。白蘭が綱吉の話をしたことで、胸の中に黒い感情が渦巻いていた。自分は白蘭に、もはや憧れ以上の秘めた想いを抱えている。白蘭が誰かの演技を褒めることは、彼に他意はないのに、自分にとっては辛く悲しいものだった。


「そういえばさ、骸君って役者になってまだそんなに経ってないよね?」


自分に話題を振られてハッとなった。


「はい、えぇそうです。」

「ねぇねぇ、どうして役者を目指したの?…良かったら教えて欲しいなぁ。」

「それは…」


骸は目の前の白蘭をじっと見た。自分が役者を目指した理由。それは白蘭以外にはなかった。彼の演技を見て、彼の近くに行きたくて。一緒に演じてみたくて。その為に役者を目指したのだ。勿論今では彼とも共演を果たすことができ、また演じること自体が楽しくなってきて、漸く自分の夢が叶ったと思っている。


「…憧れている役者がいるんです。昔、テレビで彼の演技を見た時、僕は初めて感動で涙を流しました。彼の演技に演技を超えたものを感じて。それからその役者に近付きたくて、一緒に演じてみたくなって。彼の隣に立ちたくて、役者になろうと思いました。」

「そうだったんだ。骸君に憧れられるその役者は羨ましいなぁ。…僕も誰かの心に響くように演じていかないとね。」


あなたです、白蘭。あなたなんです。僕の人生を変えるほど、僕の心を揺さぶったのは。僕が目指しているその役者は。憧れ以上に大切に思っているのは。


彼に自分の気持ちを伝えたいと思う一方で、自分のこんな感情は知られたくはないとも思う。自分の中で思いが矛盾していた。


「僕さ、骸君と演じていると、とっても楽しいよ。」


不意に白蘭が優しい顔して骸を見た。突然そんなことを言われてしまい、反応に戸惑った。


「だってね、骸君は僕が予想していた以上の演技を返してくれるんだ。だから僕の演技にどう反応してくれるのか、予想がつかなくていつもわくわくしちゃうんだよ。こんな風に感じたのは骸君が初めてだよ!骸君と共演できて、僕嬉しいんだ。」


先ほどまで綱吉に感じていたどす黒い感情は消え去っていた。白蘭は自分と演じられることが嬉しいと言ってくれた。その言葉に気持ちがどんどん高揚していく。僕のことを認めてくれた。こんなにも嬉しいことはありません。あぁ、もっと彼に近付きたい。彼とずっと演じられれば良いのに。


「ありがとう、ございます。僕もあなたと演じられて…本当に幸せなんです。」


今の自分は、伝えられない気持ちを言葉に込めて、そう告げるだけで精一杯だった。

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