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見つめる瞳のその先に 2
骸はパソコンから視線を外すと目頭を押さえ、それから腕時計をチラリと見た。もうすぐ3時になろうとしている。いつもという訳ではないが、大体この時間になると、白蘭に頼まれた紅茶とお菓子を彼の所に持って行くのが常なのだ。心に色々な想いを抱えていたとしても、仕事はきちんとしなければならないと骸は思っている。


だが今日は、特に白蘭から頼まれてはいなかった。ならば自分は、このまま書類仕事を続けていればいい。けれども骸は何となく用意したい気持ちになり、そのまま勢い良く席を立った。





いつものように声を掛けてから社長室の扉を開ける。中に入った骸は、アイスティーとマシュマロをサンドしたクッキーを乗せたプレートを持ったまま、小さく微笑んでしまった。机にうつ伏せになるようにして、子供のようにすやすやと白蘭が眠っていたからだ。


社長である白蘭は、毎日人一倍忙しく働いている。疲れが出て当然なのだ。骸は机の上に散らばっていた書類を綺麗に整えて端に置くと、空いたスペースにそっとプレートを置いた。今日はアイスティーにして良かった。これなら後で飲んでも大丈夫だからだ。


骸はそのまま机から静かに離れようとしたが、白蘭の柔らかそうな白い髪が目に入った。窓から射し込む陽の光を浴びて、少し紫がかって見える髪が骸のすぐ目の前にある。白蘭を起こしてしまわないように恐る恐る手を伸ばすと、骸は優しく白蘭の髪に触れた。


想像した通り、白蘭の髪は骸の手の平に柔らかく馴染んだ。彼が愛しいという気持ちが骸の胸に広がる。触れたい衝動をどうしても抑えられなかったのだ。骸は自分の行動に我に返ると、あまりの恥ずかしさから急いで白蘭の髪から手を離し、慌てて社長室を出た。


扉を閉めても、まだ心臓はバクバク音を立てていて、骸は真っ赤な顔のままふらふらとした足取りで廊下を歩いたのだった。


*****
爽やかな紅茶の香りが鼻を擽り、白蘭はゆっくりと目を開けた。どうやら自分は、決済書類の確認中にうたた寝をしていたようだ。仕事の続きだと書類を見ようとして、アイスティーとクッキーが乗せられたプレートが目に入る。書類は綺麗に整えられて机の端に置かれていた。こんなことをしてくれるのはたった1人しか居ない。


「骸君…」



一目惚れだった。面接で彼を見た時、彼が欲しいと強く強く思った。一瞬で彼を好きになってしまった。ビジネスではたくさんの情報を集め、様々な角度から分析して1番良い物を選ぶのが基本だ。だが時には直感が大切になることもある。欲しいと感じたのなら、逃してはいけない。自分の手元に置いておかなくては、他人に奪われてしまう。



骸を好きになってしまった。たったそれだけが理由で、白蘭は骸を採用した。自分でもどうかしているとは思ったが、骸を好きな気持ちは抑えられなかった。骸もそんな白蘭に応えるようにどんどん成長し、今では安心してスケジュール管理など多くの仕事を任せられるほどだ。



骸が白蘭の隣で一生懸命働いてくれればくれるほど、白蘭は骸が愛しくて仕方がなかった。今すぐにでも彼に好きだと伝えたい。本当は、手帳を取り上げていつも掛けている眼鏡も外させて、社長室の机に押し倒してしまいたいとすら思っている。普段秘書として自分に従順な骸が、自分だけにどんな姿を見せてくれるのか知りたいと思っている自分が居る。


だが、そんなことは絶対にできない。好きだと告げて求めてしまったのなら、骸は自分の所から去ってしまうだろう。それだけは嫌だった。ならば、このままの関係を続けるべきなのだろうか?



「…どうしよう、骸君。」


社長とその秘書。毎日仕事で顔を合わせ、1番多く話をする。骸を秘書にしたことで、いつでも彼を近くに感じられる幸せを手に入れることができた。それで白蘭は幸せなはずだった。なのに、2人の距離を縮める術が見付からない。自分は仕事で成功し、欲しい物は自分の手で掴み取ってきた人間だ。だが骸のことに関してだけは、自分はこうも無力だと感じていた。彼を愛しているのに。


白蘭はティーカップを持ち上げると、そっと中身を口に含んだ。爽やかな香りに骸のことが思い出されて、胸が疼くのを感じながら。

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