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見つめる瞳のその先に 1
社長×秘書(10000HITリクエスト)




骸の仕事はいつも社長室の窓を開けることから始まる。窓から入ってくる朝の爽やかな空気を感じながら、そのまま机が汚れていないかも確認する。何も上品なスーツを着て、手帳を片手に社長の後ろに控えているのが秘書という訳ではないのだ。社長が仕事に打ち込める環境を作る裏方のようなことも、立派な仕事の1つだったりする。



「…そろそろ社長が出社してくる時間ですね。」


骸は腕時計を確認すると、そっと扉を閉めて社長室を出た。



*****
1階のロビーを軽快な足取りで歩いて来る白いスーツ姿の青年を骸は、ただただ眩しい思いで見つめていた。彼が自分の目の前で立ち止まると、骸はいつものように深くお辞儀をする。


「おはようございます、社長。」

「おっはよ〜、骸君♪」

「…朝のコーヒーは、いつもの物で宜しいですよね?」

「うん、砂糖もお願いね。」

「はい。…では失礼します。」


ニコリと自分に笑顔を向ける年若い社長の白蘭に骸は胸を高鳴らせながら、再び社長室へと足を向けた。



*****
白蘭は、株式の売買や投資などで、今や急成長を遂げている新興の企業であるミルフィオーレの若きCEOだ。10代後半で起業に成功し、大企業とはいかないまでも多くの社員を抱えている。意欲的に仕事に取り組み、部下にも分け隔てなく接することから、多くの社員が白蘭のことを尊敬していた。それは勿論、白蘭の秘書である骸も同様であった。


だが、それだけではなかった。骸は、もうずっとずっと白蘭に恋をしていた。思えば、それこそこの仕事に就く前から。



骸は、白蘭の秘書を務める前は、別の会社で働くただの会社員だった。その頃、ある経済誌の特集記事の中で、偶然白蘭を見付けた。強い意志を秘め、真っすぐに輝く瞳に骸は一瞬で惹き付けられてしまっていた。自分とそう年齢も変わらないのに、大きく羽ばたいている白蘭に、憧れの気持ちが芽生えていた。彼と一緒に仕事がしてみたい。できることなら、彼のすぐ隣で。


そんな骸に幸運の女神が微笑んだのか、社長である白蘭の秘書の募集があることを知ったのだ。秘書になることができたら、白蘭のすぐ近くに行くことができる。骸が応募しない訳がなかった。採用試験も人物重視の面接試験だけだったので、ダメ元でいいと骸は決心したのだった。

結果は今、白蘭の秘書として働いている訳だから一目瞭然だ。だけど採用されたことは、今でも奇跡でしかないと思っている。あの時、面接の試験会場には、ミルフィオーレが気鋭の企業だからか、驚くほどたくさんの受験者が居た。それでも自分は、白蘭と働きたい気持ちでは彼らに負けないと思っていた。だけど名前を呼ばれて、面接の部屋の扉を開けた瞬間、骸の頭は何もかも吹き飛んで真っ白になっていた。自分のすぐ目の前に、ふわふわと笑う白蘭が居たからだ。


面接試験なのだから、もしかしたらと思っていた。白蘭が居るかもしれないと。だったら彼に、自分の熱意をしっかり伝えようと考えていたのだ。それなのに白蘭が自分を見ていると思ったら、急に頬に熱が集中し、胸もドキドキして、結局自分の思った通りにできなかった。


これは終わりましたね…僕、本当に本当に馬鹿です。せっかくのチャンスを。骸は酷く後悔した。だがその一方で、自分の中に生まれた気持ちを理解していた。憧れだと思っていた。だけどそうではなかったのだ。白蘭に実際に会って、彼にときめいてしまったのだと、彼のことが好きなのだと分かってしまった。

だからこそ合格の書類が送られて来た時、骸には奇跡にしか思えなかったのだ。これから好きな人の1番近くで働くことができる。好きな人の仕事を自分が支えることができる。これほど幸せなことはないのではないだろうか。



自分は幸せだった。白蘭の近くに居られることが幸せだった。



*****
朝の出迎えも済ませ、砂糖たっぷりのコーヒーも用意した骸は、その後も社長室でいつものように秘書の仕事を続けていた。愛用の手帳を開いて、今日1日の白蘭のスケジュールの確認や打ち合わせを進めていく。白蘭はコーヒーを飲みながら、うんうんと聞いていた。平静を装ってはいるが、自分を真っすぐに見つめる瞳に、骸の胸は切なく締め付けられていた。今は仕事中であるのに、だからこその白蘭との距離の近さに、本当はいつも苦しいのだ。



初めは白蘭の近くに居られるこの秘書の仕事は、何よりも幸せだと思っていた。実際、最初の頃はそうだったのだ。白蘭の為に一生懸命仕事を覚えて、自分なりにこなせるようになって、彼に褒められた時は幸せ過ぎて泣いてしまいそうだったから。だが、段々白蘭の近くに居られることが、嬉しいのにそれと同時に苦しくなっていた。彼の近くに居ても、結局は自分の想いを伝えることができない。こんなにも白蘭のことが好きなのに、彼には届かない。白蘭の隣で彼のことを見つめていても、その想いに気付いてくれることはない。



白蘭の秘書である自分は白蘭を支えられて幸せなはずなのに、それと同じくらい胸が苦しくて苦しくて。心は白蘭が好きだと今も叫んでいるのに、自分の想いを伝えたいと悲しく震えているのに、骸の口から紡がれたのは、今日の午後の来客の予定だった。



*****
それから後も骸は、心の中の葛藤から目を逸らすように黙々と自分の仕事を続けた。良くも悪くも仕事に集中している時は、何も考えなくて済むからだ。社員からの白蘭への面談希望のメールに対応したり、白蘭から直接依頼された書類を作成したり。気が付けば太陽も随分と傾いており、骸は今夜の予定を聞く為に、再び白蘭の居る社長室へ向かったのだった。





「失礼します。社長、今夜は何か新しい会合や会食などのご予定は入りましたか?」

「えっとね〜、さっきお得意様から電話があって、一緒にディナーはどうかって誘われてさ…しかも僕のオススメのお店にしようって…」

骸が尋ねると、書類に目を通したまま、少しだけ面倒そうに白蘭は答えた。

「では、社長の行きつけのイタリアンの店を予約しておきます。人数はおふたりでしょうか?」

「それがさ、何故かそこの社長令嬢も一緒みたいで。…だから3人かな。」


白蘭の言葉に骸の足がふらつきそうになった。表情が崩れないように必死に耐える。動揺してはいけない。彼に見られてはいけない。


「承知、しました。すぐに…予約してまいりますので。」


そう返すのが今の骸には精一杯だった。挨拶もそこそこに足早に社長室を出る。自分は普通に対応できていただろうか。ちゃんと秘書として。



廊下を歩きながらゆっくりと手帳を開き、白蘭が今夜行く高級レストランの番号を探す。だがページを捲るその手は小さく震えていた。そのまま携帯で予約を終えたが、骸の胸には虚しさが広がっていた。


何が悲しくて、白蘭が女性と会う場所を自分が用意しなければならないのだろうか。……分かっている。これが秘書の仕事なのだ。これが白蘭の近くに居られる為に、自分が選んだものなのだ。


そう自分に言い聞かせる。頭では理解しているはずなのに、心は正直だった。心はこんなにも白蘭を求めてやまない。



白蘭が好きで秘書になったはずなのに、彼の仕事を自分が支えられることが誇りであったはずなのに、骸は秘書である自分が今は辛くて堪らなかった。

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