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君の色で世界は輝く 4(完結)
絵が描けない。愛用の筆で絵の具を溶いても、どう塗っていいのか分からなくて、僕の手は止まったままだった。



締め切りまであと1週間。本来の僕ならば、最終的な仕上げに入っている時期なのに、目の前には真っ白な紙が広がっているだけだった。骸君のデッサンも下書きも手元にあって、全体の構図も頭の中に入っている。それなのに、手が動かない。…理由なんて分かりきっている。


骸君が居ないから。彼からモデルをやめたいと電話があり、ここに来なくなってしまったその日から、僕の心にはぽっかりと穴が空いてしまった。そんな僕の状態を体現するように、筆を持つ手が止まってしまったんだ。


もう1度骸君に会いたいよ。君に会えば、止まってしまった僕の時間も、きっとまた動き始める。…僕はこの絵を完成させて、君に見て欲しいんだ。そしてもう1度君に伝えたい。僕の気持ちを。


*****
今日も結局何もできないまま僕は大学を出ると、駅までの道を歩いた。ぼんやりと歩いていた僕の少し先に、焦がれてやまない藍色が見えた。頭で理解するより早く、僕は走り出していた。首に巻いたストールが風に乱されるのも構わず、まっすぐに大切な人に向かった。


「骸君。」


僕の声に骸君が小さく肩を震わせて、ゆっくりと僕の方に振り返った。その切なく揺れる瞳に、僕は胸を掴まれたように何も言えなくなってしまった。


「白蘭…途中でモデルをやめて、怒ってますよね。…すみません、でも僕にはもう…無理なんです。」


骸君は僕に頭を下げると、逃げ出すように僕に背を向けて走り出していた。追い掛けなくちゃ、僕も走り出そうとした瞬間、1度だけ骸君が振り返った。その顔は、今にも泣き出してしまいそうなほど歪んでいて、僕の足を止めさせた。


追い掛けたら、泣かせてしまうんじゃないか。僕は遠くなっていく骸君を見つめることしかできず、もどかしくてシャツをギュッと握り締めた。



*****
翌日、僕はスケッチブックを片手にいつもの石畳の道を歩いていた。本当は今日は講義があるんだけど、まぁ、サボっちゃった。息抜きというか、気分転換がしたかったんだ。締め切りが迫るのに一向に絵が進まない。そんな時は好きなことをして、一旦心を落ち着けようと僕は考えた。


今日は1日中、好きなものを思い切りたくさん描くもんね。…好きなもの。昨日の骸君の顔が一瞬浮かんだが、僕は頭を振って追いやった。どうにかしたくても、どうしていいか分からないことだってあるんだ。



僕は沈みそうになる気持ちを無理矢理奮い立たせて、周りの花や木に目を向けて歩き続けた。



*****
オシャレなお店が建ち並ぶ石畳の道は、そのまま大きな噴水のある広場につながっていて、僕は噴水の前まで来ると、噴水の縁に腰掛けた。穏やかな午後の日差しの中を家族連れ、僕や骸君と同じ大学だろう学生のグループ、犬の散歩のお年寄りがゆっくりと通り過ぎて行った。


いつもは花や植物、動物ばかりで人は滅多に描くことはないんだけど、何となく描いてみようかなぁという気になって、僕はスケッチブックのページを捲っていった。


その手があるページで止まる。楽しそうに本に視線を向けている骸君の横顔が、僕の胸を締め付けた。



この絵が始まりだった。僕と骸君の。



僕は骸君の似顔絵を描いたページから目が離せなくなり、そのまま下を向いた。今日は好きなものを描いて、気分転換しようと思ったのに…





「白蘭…」



どれくらいそうしていたんだろう。僕を呼ぶ声が響いて思わず顔を上げると、夕方の淡いオレンジ色を背に骸君が立っていた。


「学校帰りに、そこのカフェで紅茶を飲んでいましたら、あなたが見えて…」


骸君は小さく呟くと、複雑な表情をして話し出した。


「今日、カフェに来る前、大学の通りで多分あなたと同じ日本画専攻の生徒だと思うのですが…あなたがここ最近絵が描けないらしいと話しているのを偶然聞いて…」

「骸君…」


どうしよう、骸君に知られてしまった。確かに僕以外の日本画専攻の学生達もコンクールの為に絵を描いている訳で、お互いに励ましあったり、アドバイスをすることもある。そういえば少し前にも、何故か専門外の洋画専攻の女の子から無理矢理アドバイスを頼まれて、手を握って教えてって強引に言われたんだよね。


「それって、僕のせいですか?…僕が途中で断ったから…」

「ちがっ…」


違うよ。骸君を困らせたくなくてそう言おうとして、僕は口を噤んだ。…違わないか。骸君が来なくなってしまってから、僕の中で綺麗な色が出せなくなってしまったんだから。



もう限界ですかね。骸君が小さく小さく呟いた。


「白、蘭。…僕の身勝手な感情で、あなたを振り回してしまったことは謝ります。……僕はあの時、嫉妬したんです。あなたの隣で楽しそうにしているのが、僕ではないことに。」

「あの時って…それは一体…」

「僕があなたに電話をした日です。その日僕は、あなたが女性の手を握って楽しそうに絵を描いている姿を見たんです。」


骸君の言葉に僕の中で2週間前の記憶が蘇った。


「でもあれは…一緒に描いてくれなきゃ帰らないって言われて、その、仕方なくて…」

「あれから何となくそうかもしれないと思いました。…あなたは優しい人ですから。でも僕が耐えられなかったんです。あなたの隣で普段通りに振る舞う自信がなかった。……白蘭、あなたが好きだから。」

「僕が好きだからか…って、え?僕のこと、好き…?」


本当に本当なの?骸君が僕のことを好きって…


「モデルとしてあなたに接して、あなたのその綺麗な瞳に心奪われていました。僕を見つめる真剣な表情に不覚にも…ときめきました。白蘭、あなたは?…初めて会った時に言ってくれましたよね?僕に本気だと。あの時は冗談で構わなかった。だけど今は…」


今もその気持ちは変わりませんか?変わらないでいて欲しい。骸君は瞳を潤ませて僕の言葉を待っているようだった。僕は口を開くより先に骸君を抱き締めていた。


「初めて骸君を見たあの日から、僕の気持ちは変わらない。ううん、どんどん気持ちが溢れていく。…本当は絵が完成してから告げようって思ってたんだけど…」


君が好きだよ、骸君。体を離して骸君の耳元でそっと囁いた。夕暮れでもはっきりと分かるくらい骸君の耳が赤く染まった。


「耳元は…卑怯ですっ。」


真っ赤になって僕の胸を叩く骸君は、それはそれは可愛くて、あぁ今の骸君のこの顔描きたいなぁと僕に思わせたのだった。



*****
それから締め切りまで、僕は今までの事が嘘のように絵を完成させていった。自分の思い描く色を筆に乗せて塗り続けた。



そんな僕の所に骸君は毎日来てくれた。彼は僕の邪魔にならないようにと、作業中の僕から離れた所に座って、僕の後ろ姿をじっと眺めていた。そして集中力が切れて息抜きをしようと思った頃に飲み物を買って来て、そっと僕に渡してくれたりした。骸君の優しさが嬉しくて、ただ彼が隣に居るだけで、僕の気持ちは満たされ、力を貰えた。





そしてとうとう締め切り当日に僕の絵は完成した。骸君には絵が完成したら来て欲しいと言っていたので、僕は骸君にメールを送った。あぁ早く骸君に見てもらいたい。僕の気持ちがたくさん詰まったこの絵を。


僕は絵筆や筆洗、顔料や様々な岩絵の具が散らばる床に寝転がった。嬉しくて幸せだった。



*****
「こんな風に見えてるんだ、骸君が。…僕の世界の中でね。」



僕の絵の前で、骸君は嬉しそうな、どこか恥ずかしそうな顔で口元に手を当てていた。


青い蒼い世界で藍色の世界を包んで微笑む骸君。その周りには白いオリエンタルリリーが揺れ、その間をアオスジアゲハが飛び交う。それが僕の描いたものだった。


「骸君が包んでいるこの藍色の世界が…僕の中に生まれた新しい世界だよ。骸君に出会って、僕はまた1つ新しい色を知った。君が僕の隣に居てくれたから、こうして完成できたんだ。」


ありがとう、骸君。僕の言葉に、こちらこそありがとうございます、と骸君が照れたように笑った。


「僕のことを選んで、僕のことを描いてくれて…ありがとうございます、白蘭。この絵を見て、改めてあなたの気持ちが伝わってきました。…とても…嬉しいです。」



僕と骸君は、愛しい気持ちをその眼差しに込めて、お互いに微笑み合った。



*****
骸君。僕は君と出会って、君を見つめて、君を描いていく中で、新しい世界を描けるようになった。



君というかけがえのない色が、優しい風のように僕の描く世界の新しい息吹きになった。



骸君、君という色が僕の世界をこんなにも輝かせてくれるんだよ。






END






あとがき
以前日記で書いた美大生白蘭の妄想に、ありがたくもお話しとして読んでみたいというリクエストを頂きまして、書いてみました^^それから最後の方で、白蘭の素敵な台詞を使わせて頂きました。事後報告ですみません(>_<)


今回も見事にぐだぐだな感じで(^^;)美大の知識が全くありませんので、詳しい方は、それおかしいよ、とツッコミながら読んで下されば…(>_<)


美大生の割に白蘭があまり絵を描く描写が少なかったり、骸が例の如く乙女ですが、少しでも楽しんで頂ければと思います。


ここまで読んで下さって、ありがとうございました♪

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