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君の色で世界は輝く 3
(骸視点)




視線に絡め捕られて、胸が苦しくなる。僕を見つめるその真剣な瞳に、心を持っていかれそうになる。



そんな経験は、初めてだった。



*****
ひょんなことから、目の前の年下の美大生にモデルを頼まれ、彼のもとに通う内に、段々それが僕の日常に馴染んでいった。モデルの要領も掴めるようになって、長時間座っていても平気になってきた。だけど、そんな今でも慣れないことが1つだけあった。僕を見つめる彼の瞳。彼の視線。


僕は彼のモデルなのだから、見られて当然ですし、自分でも分かって引き受けているつもりです。なのに、僕を見つめる彼の表情から目が離せなくて、意識してしまう。そもそも今までの人生の中で、こんなに誰かに見つめられたことなどない訳で、意識しても仕方がないと思っていた。最初の内は。


けれどこうして白蘭に会っていく中で、僕をじっと見つめる紫水晶のようなその瞳が次第に忘れられなくなっていた。自分でもどうかしているとは思う。それなのに、僕の中からその紫色は消えることなく、輝くようになったのだ。





今日も僕は白蘭の前で椅子に座っていた。モデルを始めて約1ヶ月ほどが経った。相変わらず白蘭は鉛筆やペンなどを使い分けて用紙に描き込んでいる。僕はそんな彼をそっと見た。


熱心に手を動かす白蘭はこちらがハッとするほど真剣な表情そのもので、その精悍な顔付きに図らずも僕は見とれてしまった。不意に白蘭が顔を上げて僕を見た。まるで引き寄せられるように目と目が合って、僕は恥ずかしさを感じ、思わず視線を逸らしてしまった。


どうしたら良いのでしょう。白蘭に見つめられるのが恥ずかしい。彼と目が合うと、訳もなく胸が高鳴る。これは緊張しているからではないということなど、認めたくはないが、もう自分でも分かっていた。


僕はいつの間にか、僕を見つめる白蘭のその真剣な表情に心を動かされ、その紫色にすっかり捕らわれてしまっていたのだ。



僕も多分、白蘭のことを…



思わず視線を逸らしてしまった僕が、おずおずと再び白蘭を見ると、彼はおや、という顔をしたが、すぐに花が咲いたような笑顔を向けてくれた。


あぁ、彼はどんな表情でも僕を魅了してしまう。悔しいほどに。



僕はこの時、白蘭のことを好きになってしまったのだと、はっきり理解したのだった。



*****
白蘭は順調に制作を進めていて、構図や全体のイメージも固まったらしく、いよいよ下書きをもとに大きな和紙に描いていく段階になった。それならば、もうモデルは必要ない。僕は白蘭と会えなくなってしまうことに胸が痛んだ。だが彼は、骸君が隣に居てくれた方がいいに決まってるでしょ、と僕に引き続き来てくれるようにと言ってくれた。嬉しかった。まだ白蘭と一緒に居られることが。僕だってできることなら最後まで、彼と彼の絵に関わっていたかったのだ。





白蘭の絵の提出期限まであと2週間のこの日、僕はいつもより早く彼の所に向かっていた。今日は午後の講義が突然休講になり、することもなくなってしまった僕は白蘭に会いに行くことにしたのだ。


突然行って、驚く白蘭の顔を見るのも楽しそうです。…早く会いたい。そんな風に思うようになるなど、彼と出会った時には考えもしなかった。だけど今は彼に会いたい、その気持ちで一杯だった。


白蘭がいつも利用している教室の前まで来た僕は、扉を開けようとして中から話し声がすることに気付いた。早く来すぎてしまいましたからね。僕は中の様子を窺おうと、少しだけ扉を開けて、大きく目を見開いたまま動けなくなっていた。


扉の向こうの教室には白蘭が居た。だけど1人ではなく、白蘭の周りには数人の女性が彼を囲むように立っていた。そして彼は自分の隣で絵筆を握っている女性に何か話し掛けると、彼女の手を握って一緒に紙の上に筆を走らせた。白蘭とその女性との距離があまりにも近くて。楽しそうな雰囲気が伝わって。


僕は気付かれないように扉を閉めると、教室に背を向けた。胸が痛くて、息が上手くできなかった。自分の中である感情がぐるぐると渦巻いていることに気付いて、僕は自嘲した。安っぽい恋愛小説に良く出てくるであろうその醜い感情。


僕は、先ほどの女性に嫉妬した。白蘭の隣で嬉しそうに絵を描く彼女に。何故なら僕は彼の隣で、あんな風に一緒に絵を描くことはできないから……まさかこの僕が、誰かに嫉妬するなんて。僕の中にもこんな感情があったんですね。



*****
白蘭の大学を出て駅のベンチにぼんやりと座っていると、彼女の隣で楽しそうにしていた白蘭の顔を思い出した。僕はあることを決めると携帯を取り出した。最近登録した番号を探すと、震える指で通話ボタンを押した。胸の苦しさに耐えながら、僕は相手が出るのを待った。


『もしもし…骸君、どうしたの?…何かあった?』

「…僕、もう…モデルをやめようと思います。」

『え…何で!どうして急にそんなこと…』

「突然で申し訳ありませんが、今までありがとうございました。」

『骸君、どういうこと?ちょっと待っ…』


白蘭の言葉を最後まで聞くことなく、僕は一方的に電話を切った。僕の自分勝手な感情で、彼を振り回したことは分かっている。でもこうしなければいけないのだ。先ほどの白蘭を見て、僕はもう彼の隣で穏やかに笑えない。自分の醜い嫉妬の苦しさで、彼の瞳をまともに見ることもできやしない。彼の側に居てもただ苦しいだけ。だったら。



離れるしかないではありませんか。それが1番良い選択なんです。



僕は自分にそう言い聞かせた。そう、これで良いのだと無理矢理笑おうとしたけれど、心が痛んでできなかった。

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あきゅろす。
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