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午前1時に会いましょう 1
コンビニ店員白蘭×作家骸




午前1時。それは君に会える大切な時間。




深夜のコンビニのバイトというのは案外暇だったりする。僕の場合はね。僕が働いているコンビニは、駅前の通りから少し奥まった場所にあるから、真夜中になるとお客さんはほとんど来なくなっちゃうんだ。まだこのバイトを始めて1週間ほどだけど、こんなに暇なのに、お給料貰っちゃってもいいのかなぁなんて、時々思う時もある。


理工学部の大学院生で、1人暮らしの僕は夜でも自由に時間を使えるから、自分のマンションの近くのこのコンビニでバイトを始めた。深夜は時給もいいしね。



*****
あぁ〜、暇だよ〜。僕はそっと溜め息を吐いた。僕のシフトの時間になると、本当にお客さんがぱったりと途絶えるんだよね。1時間前に会社帰りのおじさんが、淋しそうにお弁当を買っていったのが最後だった気がする。


こんな状態だからか、僕は1人でレジを任されている。今日もいつもと同じように、ぼ〜っとして研究の論文のことなんかを考えていた。考えることに集中してたけど自動ドアが開く音が聞こえたから、僕はお客さんだ!と、入り口の方を見て、そのまま動けなくなってしまったんだ。


すごく綺麗な人だ。僕、こんな美人な人、初めて見たよ!その美人なお客さんは僕と同い年くらいに見えた。シャツにパンツとラフな格好で、手にはお財布しか持っていなかったから、多分この近くに住んでるんじゃないかなと思った。このバイトを始めてまぁまぁ経ったけど、彼を見たのは今日が初めてだった。僕はどうやら一目見て、彼のことを気に入っちゃったみたいだった。この時間に来てくれて本当にありがとうと、思わず言いそうになってしまうほどに。それに、この時間帯に働くことにした僕って、何てついてるんだろう。


僕は気付かれないように彼を目で追った。彼は迷わずお菓子のコーナーに行き、チョコレートを手にすると、僕の方へと歩いてきた。何か話し掛けなくちゃ。君と仲良くなりたいから…でも、いきなり友達になって下さいとかもびっくりするよね。


どうしよう、どうしようと思っている内に、彼は支払いを済ませて、商品を受け取ると僕に背を向けていた。


「あ…」


結局僕は、彼に何も言葉を掛けることができないまま、レジ台の前に立ち尽くすだけだった。



*****
彼が来てくれた!僕は入り口から入ってくる彼を見て、鼓動が速くなるのを感じていた。


最初に会ってから5日が経っていたから、また彼に会えた嬉しさで僕は舞い上がってしまった。彼は今日もラフな服装だけど、相変わらず綺麗で。そして前と同じようにチョコレートを買い物カゴに入れていた。今日もチョコ買うんだ…僕が見ていると、そのままゆっくりと店内を進んでスイーツコーナーに行き、チョコレートプリンを手に取った。


甘い物、というかチョコが好きなのかな?…そうだ!チョコのことを話題にして、今度こそ話し掛けてみよう。今日こそ、君と話したいんだ。チャンスは逃しちゃいけない。そう、チャンスは今しかない。幸い今、店内には僕達2人しか居ないんだ。僕はいつも暇で仕方ないと思っていたこの状況に感謝した。


彼がレジの前に来たので僕は緊張しながらカゴを受け取り、商品を袋に詰めた。そして彼に渡そうとする前に、あの、と話し掛けた。


「…チョコ、好きなの?この前も買ってたから。このチョコ美味しいよね。僕も良く買うんだ。」


突然話し掛けられたことにびっくりしたのか、彼は僅かに目を見開いた。だけどすぐに元の表情に戻っていた。


「…えぇまぁ、チョコレートは僕の好物です。仕事の息抜きに食べたくなるから、こうして買いに来るんです。締め切り前は特に。好きな物を食べると元気が出ますからね。」

「締め切り?」


見ず知らずのコンビニ店員に喋り過ぎたと思ったみたいで、彼は急に黙ってしまった。でも僕は小さなことでも彼のことが知りたかった。だってまだ、君の名前すら知らないんだよ。必死な顔してたんだろうな、僕。彼は人前で言うのは些か恥ずかしいんですが、と前置きをして、

「一応作家といいますか、文章を書くことが仕事です。コラムやエッセイも書いてますし、雑誌に記事を寄せることもあります。」

「作家!?すごいね!」

「別に、すごくなんてありませんよ。」

「そんなことないよ。だって、なかなか自分の気持ちとか思いを表現するのって難しいのに、それを君は言葉にできるってことでしょ?そして読む人に訴えかけたり、心を動かすことができる訳だし。」


ありがとうございますと、彼は俯きながらはにかんでいた。


「あの、もし良かったらさ、ペンネームとか教えて欲しいかな、何てね!」

「えぇ、大丈夫ですよ。僕、ペンネーム使わずに本名で書いてるんですけどね。六道骸と言います。」

「六道、骸君…うん。骸君かぁ。」


僕は彼のーー骸君の名前を漸く知ることができた。それにこうやって話すこともできている。たったそれだけのことなのに、幸せな気持ちで一杯だった。これからも骸君とこうやって会って話したい。


「骸君!締め切りがなくても、また来てくれる?これも何かの縁ってことでさ。僕、君と仲良くなりたいんだよ。」


僕は身を乗り出すようにして骸君に尋ねた。だってこうでもしなきゃ、僕は彼を繋ぎ止めることなんかできないもの。


「そうですね、さすがに毎日という訳にはいきませんが、良いですよ。ここのコンビニの限定スイーツは美味しいですから。…あとあなたは、この時間に働いているんですよね?」


僕は大きく頷く。一方的なお願いって思うけど、骸君が深夜に来てくれることが前提なんだ。そうでないと会うことはできない。


「僕仕事柄夜型なので、却ってこのくらいの時間の方が都合が良いですよ。そうですね…僕、この前も今日も1時くらいに来たので、これからもその時間にというのはどうでしょう?」


僕は骸君の提案に大賛成した。だけど、本当にいいのかな?絶対彼に無理を言っちゃったよね。僕が申し訳ない気持ちになっていると、

「僕、仕事をしていると何日も部屋に籠もることがしょっちゅうなんですよね。でも1人でずっと部屋に居ると、誰かと話したくなるんです。ですから、ここに来てあなたと話すことは良い気分転換になると思います。」


そう言って骸君は優しく微笑んでくれた。骸君…ほんの少しでも君の役に立てるなら、僕は本当に嬉しい。


「うん。ありがとう。午前1時だね。わ〜、これからバイトが楽しみになっちゃうな♪」

「あなたって面白い人ですねぇ。」





帰り際に骸君から名前を尋ねられて、僕はすっかり自己紹介をするのを忘れていたことに気付いた。僕が理系の大学院生だと知ると、あなたの方がよっぽどすごいですよ、僕、物理は全然駄目ですからと骸君は笑っていた。



コンビニを出ようとする骸君をレジのスペースから出て、ドアの前で見送った。僕が手を振ると彼は会釈を返してくれた。僕は骸君の姿が見えなくなるまで外に居た。まるで夢のような時間だった。だけどこれは夢じゃないんだよ!骸君とまた会う約束を交わすことができたんだ。骸君にも言ったけど、これからバイトの時間が1番楽しみだよ。もしかしたら、大学院で学ぶことよりもね。今までこのバイトは本当に暇で退屈だったんだ。だけどもうそうじゃない、骸君に会えるんだから。


午前1時。それは僕にとって、何よりも幸せで大切な時間になった。



*****
「白蘭サンが研究以外の本を読むなんて珍しいですね。」


論文や分厚い専門書があちこちに積み上げられている研究室で、僕は部屋に入って来た後輩の正チャンにそう声を掛けられた。


「おはよう〜。うん、僕の大好きな作家さんなんだ。」


今日は骸君、君に会えるかな?来てくれたらどんな話をしよう。君の本を読み始めたのはまだ内緒かな、後で驚かせたいからね。僕は読みかけの本をそっと閉じて、骸君のことを考えた。


さぁ、今日もバイト頑張らなくちゃね。


僕はいつでも君を待ってるから。

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あきゅろす。
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