Happy Commuting 2(完結)
昨日の思いがけないハプニングは考えてみれば、僕にとっては奇跡みたいなものだった。今まで離れた所からただ眺めることしかできなかった彼がすぐ近くに居て、僕の肩を借りて眠り、最後には言葉まで交わすことができたのだから。
でも今日は少し慎重にならなければならないと思う。今までは僕が好きなように彼の横顔を眺めてほわほわとした気分でいられたけれど、昨日の出来事で顔を覚えられてしまっただろうから、じっと見つめることなんてできない。
朝の唯一の楽しみでしたのに。彼とは朝の通学時間に会うだけで、帰りの電車では会ったことはない。彼に会える僅かな時間が僕の幸せだったのだ。
そんな風に考えていると、あっという間に彼が乗る駅に電車が滑り込んだ。たくさんの通勤、通学の人達の中に彼の姿があった。
どんな場所に居たとしても絶対に見つけられる白に近い紫がかった髪、端正な顔、白い制服。
そのどれもが僕にとって眩しく輝いていた。
今日も彼はいつものようにドアの付近に立つと、移り変わっていく街並みを眺めていた。
期待していた訳ではない、絶対に。でも昨日のことで何かしら話し掛けてくれるかもしれないなんて勝手に思っていた。そんなことなどあり得ないのに。
僕は本当に少しだけ残念な気分になった。でも現実に話し掛けられたら、しどろもどろになるのは分かっているから、これでいいのだとは思う。
*****
いつものように僕は本に集中しようとして、だけど何となくしか内容が頭に入らないまま、本で顔を隠しながら彼を見た。あの顔が僕の隣にあったのだ。制服越しに感じた彼の体温が今にも蘇ってきそうだった。
その時不意に彼が僕の方を見た…ような気がした。だけど僕はそれを確かめるよりも早く視線を本に戻した。彼が自分を見たかもしれないと思うと、もう本から視線を上げることができなかった。もし再び彼と視線が合ってしまえば、僕は為す術がない。
早く駅に着けと僕はそれだけを考えた。いつも彼を見ていると、僕の降りる駅にあっという間に着いてしまうのに、今日は駅が酷く遠くに感じられた。彼が好きなのに恥ずかしくて、少しでも早くここから逃げ出したかった。
到着のアナウンスと共に僕は慌ててドアへと向かった。勿論彼が居る方のドアではなく、座席を挟んだ前の方のドアだ。彼の横を通り過ぎことなど今までしたことはなかったし、そんなことこれからもできないと思う。彼を意識して顔が赤くなってしまう自信があるからだ。
彼が追ってくるような気配もなかったので、ほっとして気が緩んだ僕は大丈夫だろうと、少しだけ後ろを振り返った。
電車は既に走り出そうとしていたが、ドアの前に立っていた彼と今度こそはっきりと視線が交わった。
彼は僕のことを確かに見ていた。そして何か話したそうに口を動かしたが、ホームを走り抜けていく電車はすぐに見えなくなった。
*****
最近は彼に関して色々なことが起こりすぎて、僕は驚き疲れていた。ただ彼のことを見ているだけで良かったはずなのに。
だけど本当にそれで自分は満足しているのだろうか?そんな疑問がふと浮かびそうになったが、電車の到着を知らせる音楽がホームに響いて、その思いをかき消した。
今日は本も読まずに寝てしまおうと考えて、僕はいつもの車両に足を踏み入れて、1番端の席に座っていた人物を見て、瞬きすら忘れてしまうほど目を見開いた。
もうこれ以上驚くことなどないと思っていたのに。絶対に学校帰りには会うことはなかったのに、彼がそこに居た。
とりあえず見なかったことにしようとして、車両を移動しようとしたが、彼は僕にこっちこっちと手招きをしたので、大人しく隣に座る他はなかった。
*****
自分でも酷く緊張しているのが分かった。憧れてやまない好きな人が隣で笑っていたら、誰だって心臓など爆発してしまうに決まっている。
彼は僕が嬉しさや戸惑いで泣きそうになっているのを感じたのか、君と話したかったんだよと優しく微笑んで、自己紹介してくれた。
白蘭。これからも彼の名前を知ることはないままだろうと思っていた僕にとっては、もうそれだけで充分だった。
「僕、骸君のことずっと探してたんだ。あの時と全然雰囲気が違うから今までちっとも気付かなかったよ。」
「探していた?僕のことを?」
「うん、中学生の頃だけど、ラッシュの時間に僕の隣で本を読んでいる子が居て、その横顔がとっても綺麗で。カーブで僕にぶつかった時、不謹慎だけど嬉しかったんだ。だけど僕は笑顔を返すので精一杯だったんだよね。」
彼は僕のことを覚えていたのか。僕は胸が切なくなった。
「それに確かあの時は眼鏡掛けてたよね?」
「はい。今はコンタクトですが。」
あの出来事の後、僕は周りの勧めでコンタクトに替えていた。確かに雰囲気は変わったかもしれない。今はあの頃よりも髪も伸びている。だけど僕を探していたということは、今まで気付かなかったのだろうか。
「いやぁ、実は僕も目が悪い方なんだよね。眼鏡掛けるギリギリってとこ。でも眼鏡やコンタクトって色々面倒だから、そのまま頑張ってる感じでさ。」
「はあ…」
「だからさ、まさか君が今までこんなに近くに居たなんて思わなくてびっくりしたんだよ。」
確かに僕達の乗る電車は乗客も多く、僕の学校の生徒もその多くが利用しているし、雰囲気が変わった僕を見付けるのは意識しないと、目の悪い白蘭には難しかったのかもしれない。
「こんなこと言ったら笑っちゃうかもしれないけど、遠くの物や緑を見ると目にいいって言うよね。だからさ、僕、外ばかり見てて、余計に気付かなかったっていうか…」
白蘭がいつも席に座らなかった理由がやっと分かった。とても子供じみていて、彼には申し訳ないが、くすりと笑ってしまった。
「だから、あの日僕が骸君の隣に座ったのは本当に偶然という名の運命だったんだよ!目が覚める時に君の横顔を見て、あの時の彼だって分かったんだ。…骸君、やっと君を見付けたよ。」
そう言って白蘭が僕の手に自分の手をそっと重ねた。それだけで、僕達はお互いの想いが伝わり合ったことが分かったのだった。
*****
いつものように1番後ろの車両の1番端の席ではなく、僕はドアの近くに立っていた。そこは白蘭がいつも外を眺めていた場所だ。
ドアが開く音がして、大好きな彼が僕の隣に来る。
「おはよう、骸君♪」
「おはようございます。」
「僕も遂にコンタクト付け始めたよ。やっぱり骸君の顔がぼんやりなんて嫌だもん。」
「はい、そうですね。」
白蘭の言葉に僕達は笑い合った。
僕達は毎日こうして一緒に通学するようになった。
見ていることしかできなかった彼は、もう憧れの存在ではなく、僕の隣で笑ってくれる大切な人になった。
*****
僕にはずっと好きな人がいた。
だけど、ただ彼を見つめることしかできなくて。
だからずっとこのままで終わるのだと思っていた。
だけど少しの偶然が重なって、彼は僕を見付けてくれたのだ。
これからも彼と過ごす時間は、僕にとって何よりも幸せな宝物だろう。
END
あとがき
まずは謝ります。2人が誰だコレ?で本当にすみません。
最初は格好いい白蘭を書こうと思っていたのですが、ただのアホな子になってしまいました(^^;)骸も半端ない乙女に…
このお話は電車通学の憧れから書きました^^
私は実家が大分県の片田舎で、ずっと自転車通学でしたので、電車良いなぁと思う所がありました。勿論電車通学は大変なこともあると思いますが、何か出会いとかがありそうなんて勝手に思った時期もあった訳です(^ε^)
今回は2人に通学での恋をしてもらった訳ですが、骸!白蘭のこと見過ぎだよ!と何度も思ってしまったというw
アイタタな感じでしたが、ここまで読んで頂き、ありがとうございました(^▽^)
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