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Happy Commuting 1
高校生白骸で骸視点です



僕にはずっと好きな人がいる。


だけど、ただ彼を見つめることしかできない。



今日も、きっとこれからも。



*****
ー―彼だ。また今日も会えた。



多くの人は嫌がるだろうが、僕は朝の電車通学の時間が何よりも好きだった。何故ならその時間だけが、彼に会える唯一の時間だからだ。


いつものように、1番後ろの車両の1番端の席に座っていると、彼が大勢の乗客と共に乗り込んできた。僕は目の前に立つサラリーマンや学生達の隙間からそっと彼を見つめる。


彼も僕と同じようにいつもと同じ場所に立っていた。ドアの近くにもたれ掛かるようにして、じっと窓の外を眺めている。僕はその横顔をずっと見てきた。彼を好きになったあの日から。





あれはそう、僕が中学3年生の時のことだ。僕は本を読むことが好きで、通学時間も読書の時間にしていた。ある日、いつもは座ることができるのに席を取り逃がしてしまい、僕は立ったまま小説を読んでいた。本を両手で持って読んでいた僕は、当然吊革など握っておらず、急カーブの揺れに耐えきれずにバランスを崩して隣の人にぶつかってしまった。それが彼だった。彼は大丈夫?と僕を気遣ってくれ、きらきらとした笑顔を僕に向けてくれた。


たったそれだけ。だけど僕は一瞬でその笑顔に魅せられて、彼のことを好きになってしまったのだ。だけど僕は彼のことをほとんど何も知らなかった。白い詰め襟の制服を着ていたので、僕の街で有名な中高一貫の名門私立校の生徒だということだけは唯一分かったが。


それから僕は彼と一緒の電車に乗り合わせることが多くなり、さらに彼が1番後ろの車両のドアの近くに立って、外の景色を眺めることが好きなのではないかということに気が付いた。


そう確信してから僕は、1番後ろの車両の1番端という彼が良く見えて、でも気付かれない席に座って、彼を見つめる日々が始まった。僕には話し掛ける勇気などなく、読書をしながら彼の端正な横顔をちらりと見るだけで精一杯だった。でもそれだけで、幸せな気持ちが胸に広がっていくのを感じていたのだ。



*****
僕は高校もこの電車の沿線にある学校へと進学したので、彼と会えなくなってしまうというような心配はなかった。それに始発駅から電車に乗るので、車内が混んでいてもほとんど1番端の席に座ることができる。


鞄から本を取り出しながら、もうすぐ彼に会えることを考えて今日も嬉しさで一杯だった。



おや、この本はなかなか面白いですね。久々に当たりの本を買ったようだ。



夢中になって読んでいたようで、もう次の駅で彼が乗ってくる頃だった。いつもなら本を読むのを一旦やめて、彼に会えるかドキドキしながら待ってしまうのだが、今日は本の続きを読みたい誘惑に駆られた。あと少しだけ読んでしまおうと考えて僕は再び視線を落とした。


停車のアナウンスが聞こえ、次々に乗客が乗り降りしていく。あと少しでキリが良いので、そこまではと思ってそのままページを捲っていたので、僕の席の方に近付いてくる人影に気が付かなかった。不意に隣の座席が沈み込んだ気がして、ちらりと横目で見た僕は、叫びそうになるのを何とかこらえた。


か、彼だ!彼が僕の隣に…落ち着くんです、僕の心臓!



彼が乗ってくる駅は乗り換えの駅でもある為、多くの乗客が降りるので、車内はいくらか人が減り、空席がちらほらできるのだ。だけど今まで彼は外の景色を眺める為か、座ったことなど1度もなかった。


どうして、どうして…僕は視線が合わないように注意しながらそっと彼を盗み見た。すると彼は欠伸をこらえた眠そうな顔をしており、そのままうたた寝を始めてしまった。どうやら立っているのも辛いほど眠かったようだ。眠気に勝てずに席に座ったということだろう。すやすやと眠っている横顔はあどけなくて、僕はそんな表情を見るのは始めてだった。



*****
僕はこれからどうなってしまうのでしょう。この状況にもう耐えられそうにありません。死にそうです!



読んでいた本の内容はもうすっかり頭から消え去っていた。少し前までは面白くて続きが待てないくらいだったのに。というか、もう悠長に本など読んでいられる訳がなかった。僕のすぐ近くに彼の顔があったからだ。正確にはすっかり眠ってしまった彼の体が段々僕の方に傾いてきて、僕の肩に寄りかかるようにして寝息を立てているという状況なのだ。


自分はずっと彼のことが好きで彼を見てきた。だけど見てきただけなのだから、こんな状況で冷静でいられることなど不可能だった。先ほどから心臓が暴れていて、変な汗もかいていた。彼が近くに居ることがすごく嬉しいのに、あまりに僕の想像を超えた出来事に頭が追いつけなかった。


無理矢理心を落ち着かせてゆっくりと首を動かして彼の方を見る。彼からは何かの花のような芳しい香りがした。それにふわふわの髪が頬に触れて、くすぐったかった。



あぁ、やはり駄目です。僕はもう…



その時、僕が降りる駅のアナウンスが耳に入った。ナイスタイミングとはこのことだ。僕は彼を起こさないようにそっと体を動かしたが、そのわずかな振動で彼はぱっちりと目を覚ました。


「あれ?僕寝ちゃってたのか…」

「…あの、すみませんっ。僕、次の駅で降りるので、申し訳ないのですが、肩を…」

「ああ!ごめんね。僕、君の肩を枕代わりにしてたんだね。本当にごめん。」

「大丈夫ですから。お気になさらず。」


僕は読んでいた本を鞄に入れると席を立った。声も上擦っていたし、彼の顔も見ることができなくて、俯いたまま電車を降りようとした時、不意に彼に呼び止められた。


「あの、君って…」

「な、何か?」

「ううん、いや、何でもないよ。」


いつも会う度に彼のことを見ていたことに気付いたのだろうか。でもそれは大丈夫だとは思う。彼を見るといっても、毎日ではない。タイミングが合わなくて会えなかった日もある。また同じ車両に乗っているといっても、僕と彼にはそれなりに距離があったし、読書しながら彼を見ていたので、ずっと見続けている訳ではないから周りの人達にも気付かれてはいないのだ。第一に今まで彼を見ていて、彼が僕に気付いて視線が合ってしまったことも起きてはいない。だから多分大丈夫なはずなのだ。


彼がそれ以上話し掛けてこなかったので、僕はそのまま電車を降りた。



まだ学校にも着いていないのに僕はどっと疲れてしまったのだった。

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