幸せはあなたがくれた
2人の過去や白蘭の能力を思い切り捏造しています
ーー痛い
ーーこれ以上僕を苦しめないで
何かの計測の為の機械や、治療機器が置かれた暗い部屋。その中央の手術台の上に、たくさんの大人達に囲まれながら、手術着を着せられた幼い少年が横たわっている。その瞳は苦痛や恐怖に見開かれ、腕は小刻みに震えていた。
これは、夢だ。僕の幼い頃の、記憶。
*****
骸は今、夢を見ており、これが自分自身の過去の記憶であることを理解していた。思い出すだけで体が震え出しそうになる。エストラーネオファミリーでの人体実験の日々。ファミリーの科学者達から様々な実験を繰り返され、薬の副作用や苦痛に耐えながらも、いつか絶対にここを抜け出してやると誓って、冷たい部屋で日々を過ごしたのだった。
夢ならば早く醒めて欲しい。この先を見続けても、孤独と恐怖があるだけなのだから。
ーーあぁ、でも。あの子が。
*****
今日も人体実験が行われ、骸はあてがわれた部屋でぐったりとしていた。自分の他にもたくさんの子供達が部屋の中にいる。だが皆、暗い瞳で絶望に打ちひしがれ、涙すら流すことも忘れてしまったようだった。所詮科学者達は、自分達のことなど人間とすら思っていないのだ。幾らでも替えの利くモノとしか見ていない。
実験に耐えられなくて死んでしまった子供もたくさん居た。だが彼らは、まるで汚い物でも扱うかのように子供達の死体を運んでいた。どこかへ運ばれていく子供の生気のない青白い顔を見た時、明日は自分がそうなるのではないかと思えて仕方がなかった。
もう限界だ。このままここにいたら、僕には地獄しか待っていない。誰かが助けに来てくれるなんて到底思えない。…もう逃げ出すしか道はないのだろうか。
骸は日当たりの悪いその部屋の隅で力なく目を閉じた。繰り返される実験に耐える日々はもう限界に近く、涙を流したまま眠りに就いた。
「ねぇねぇ、どうして泣いているの?悲しいの?つらいの?それともどこか痛いの?君が泣いていると、僕もすごく痛いよ。」
高めの心配そうな声が耳元で響いて、骸は即座に体を起こした。だが自分の目の前には誰もいない。辺りを見回してみても死んだように眠る子供達しか居ない。何だ…空耳かと、骸は再び冷たい床に横になろうとしたが、
「ここにいるのが悲しいから泣いていたの?だってここ、僕の部屋と違って暗いし寒いし。ね、そうでしょ?」
やはり声が聞こえる。いよいよ僕はおかしくなってしまったと、骸は他人事のように感じた。これはきっと、ここから逃げ出したいと考え過ぎて聞こえる幻聴か何かだと自分を納得させようとした時、
「僕が君をここから出してあげるよ。こんなとこに居たら、綺麗なお花も見れないし、美味しいマシマロとか食べられないもん。」
その言葉と共に、細くて白い子供の腕が突然現れて骸の手を握った。何もない所から子供の手が出てきて、さすがに骸も驚いたが、ぎゅっと握られた手の平から温かさが伝わってきて、再び泣きそうになっていることに気付いた。
「さぁ、早く行こう♪」
「ですが、どうやって?ここはマフィアの実験場ですよ。警備だって厳重です。僕は逃げようとして殺された子供を何人も見たんですよ。」
腕に話し掛けるのは些か躊躇われたが、思い切って尋ねてみる。
「大丈夫だよ。僕ね、魔法が使えるんだ。君をいじめる悪いやつらは皆ぐっすり眠っているよ。」
楽しそうな弾んだ声が返ってきた。彼の体が目の前にあったら、きっとニッコリ笑顔に違いない。
白い腕に導かれるまま骸は通路を駆けていった。途中で幾つかの部屋の前を通ったが、腕の持ち主が言った通り、科学者達や警備の者達はぐっすりと眠り込んでいた。…夢じゃない。僕はもうすぐここを抜け出せる。逸る気持ちを抑えるように建物から出た骸は、目の前に聳え立つ入り口の門の前で立ち尽くしてしまった。
自分の背丈の何倍もの高さがあり、簡単に乗り越えることもできそうにない。また扉には頑丈な鍵も掛かっていてこれも壊せそうになかった。
「どうしたの?」
「折角ここまで来たのに…こんな所どうやって越えれば…」
「大丈夫だよ。」
ちょっと待っててね、そう言って骸の手を握っていた腕が離れて、門の鍵に近寄った。まるで円を描くように人差し指がくるっと動くと、がしゃんと音がして鍵が開いた。
こんなことができるなんて。本当に、彼は魔法使いだったのだ。
早く早くと小さな腕が手招きをする。その手に誘われるままに骸はそっと門の外に足を踏み出した。目の前には緑の丘があり、眼下には街が見渡せた。2度とこの手で掴めないと思っていた自由が骸の目の前に広がっていた。
嬉しいやら安堵やらで胸が一杯になり、何も言葉が見付からなかった。ふと横を見ると、先ほどまで隣にあったはずの腕はどこにも見当たらなかった。
「ねぇ、まだ聞こえますか?僕を救ってくれたあなた!本当にありがとうございます。…僕はあなたのおかげで幸せを掴むことができますよ!」
「…良かった!もう泣かなくて済むね。うん、僕も幸せだよ。」
風に乗って嬉しそうな声が微かに骸に届いた。
僕は闇から救い出してくれたあなたのことを絶対に忘れません。もしまたいつか会えることができるのならば…
*****
「骸君!骸君!…大丈夫?魘されてたみたいだったけど。」
白蘭の声で眠りから覚め、骸は自分が夢を見ていたことをはっきりと自覚した。彼は骸を心配そうに見つめ、ベッドの中を骸の所まで移動すると、そっと抱き締めた。白蘭の優しい心音がすぐ側で聞こえ、骸は心が安らいでいくのを感じた。
「ちょっと、子供の頃の夢を見まして…」
「骸君、子供の時に怖いことがあったの?」
「まぁ僕にもそれなりに。」
骸は白蘭には自分の幼い頃のことは話していなかった。白蘭に話したら、彼のことだから、きっと自分のこと以上に悲しむに違いない。自分の大切な人にはいつも笑顔でいて欲しい。
「子供の頃かぁ。怖い思い出じゃないけど、僕にも忘れられない思い出があるんだ。」
ねぇ、話してもいい?と白蘭は骸に問い掛けた。白蘭の子供の頃の話など聞いたことがなかったので、彼の言葉に頷いた。
*****
「骸君も知ってると思うけど、僕にはパラレルワールドを覗ける力がある。これは後から身に付いたんだよね。でも僕、小さい頃から皆と違う力を持っててさ。」
そう言って白蘭は一旦言葉を切って再び話し始めた。
「それはパラレルワールドみたいに違う世界に行くんじゃなくて、同じ世界の中だけど、行きたいって思う場所に自由に行けるものだったんだ。残念だけど、子供の時のほんのちょっとの間しか使えなかったんだよね。今も使えたら、色んな場所に簡単に旅行も行けるのにさ。」
骸君も一緒に行けたかも、と白蘭は骸に微笑みかけた。
「僕が9歳か10歳の頃だったかな。夜眠っていると、ある時夢を見るようになったんだ。どこかの暗くて冷たい部屋で僕と同じくらいの子が悲しんでる夢。幼い僕はさ、その子に悲しんで欲しくなくて、どうにかしたいと思うようになったんだ。だから力を使って、世界のどこかに居るその子に会いに行ったんだ。けど僕、上手く力をコントロールできなかったみたいで、腕だけしかその子に会いに行けなかったんだよね。意識もその子の側に行けたけど、そのせいかぼんやりとしか覚えてないし。」
カッコ良く助けようと思ったのにさ、と続ける白蘭の言葉に骸は動揺を隠せないでいた。骸の中で幼い頃の記憶と白蘭の言葉が重なる。あの時僕を助けてくれたのはーー
「でさ、その子を助けたいと思って、しょうがないから腕だけで頑張って色々力を使って外に連れ出したんだ。世界には自由が一杯あるからさ。」
あなただったんですね。骸は確信した。幼い自分を救ってくれたのは白蘭だったのだ。運命なんて信じていなかった。もう会うこともないと思っていたのに。自分を暗闇から光の下に連れ出してくれた彼に恋をして、そして今こうして一緒に居るなんて。
「僕、彼を外に出したら力を使い過ぎちゃったみたいで、まぁそのまま意識が戻っちゃったから、その子がその後どうなったのかは分からないんだ。」
「…その子はあなたに外の世界に連れ出してもらって、きっと幸せだったと思いますよ。」
「そうかな?そうだといいな!」
「えぇ、絶対ですよ。そして今も幸せでしょうね。」
「骸君がそう言うなら、きっとそうだよね。」
「でもその子はきっとあなたが腕だけで現れたから、滑稽に思ったでしょうね。」
「酷いよ、骸君〜。僕だって小さい頃から完璧じゃないもん。」
「僕は完全無欠でしたけどね。」
骸は白蘭に笑い掛けた。彼を愛しく思う気持ちが胸を満たしていた。
白蘭の腕に包まれながら、骸は再び眠りに就こうと静かに目を閉じた。目を閉じる前に自分を優しく見つめる白蘭が見えた。
あなたが居るから僕は、もう暗闇で1人で孤独や恐怖に震えることはない。
あなたが僕に幸せをくれたのだから。
END
あとがき
色々やらかしていますが、白骸の過去捏造のお話です。本当につっこみ所満載ですよね(><;)考えてみれば腕だけってすごくシュールすぎる…
子供白蘭を出そうかと思いましたが、彼の外見は目立つので、頭の良い骸だと白蘭のことを覚えているだろうと思いまして、腕だけの登場にしました。あと本来ならば黒曜の2人と一緒に逃げ出さないといけないんですけど、まぁそこは白骸2人の世界だけがあればいいと思っている私が書いていますので、ご了承下さいm(u_u)m
ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました(^▽^)
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