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いつまでも一緒の恋
隣り合わせの恋 番外編
骸の誕生日のお話です




今日はいつもより早くバイトが終わって。僕は少しだけ早足で帰り道を急いでいた。この時間ならば、多分まだ間に合うはず。顔を出したばかりの月の光に照らされて静かに輝く花々が見えて来ると、僕の住むアパートはすぐそこだった。アパートの敷地に入った途端、僕の視線の先でふわふわと白が揺れる。良かった、間に合いました。


「白蘭。」

「あっ、骸君!おかえりなさい!バイトお疲れ様だね。」


白蘭が甘い声で僕に囁く。彼はこれから仕事に行く為、黒のシックなスーツに身を包んでいた。大学生の僕と職業がホストの彼は恋人同士ではあるけれど、見事に生活サイクルが逆転している。それを嫌だと思うことは今もこれから先も絶対にないけれど。それでも少しでも多くの時間の中で彼への愛しさを感じたくなってしまうのだ。僕は目の前で優しく笑っている白蘭を見つめた。いつも思うのだけれど、白蘭はスーツが良く似合う。付き合っている欲目も含まれるだろうが、勿論それがなくても本当に格好良いから困ってしまう。あぁもう素敵ですね、そんな風に今日も僕は白蘭に見入ってしまった。けれども藤色の瞳はどことなく宙をさまよっていて。白蘭は嬉しそうな顔をしながらも何だかそわそわとしており、僕をチラッと見た後、何か言いたそうな表情を見せた。


「どうしたのですか?」

「あっ、えっとね…僕、今日休憩中に骸君にメールするからさ、見て欲しいかなぁって。」

「ええ、分かりました。」

「良かったぁ!うん、それじゃあ、僕、お仕事頑張ってくるね♪」


アパートの前の道に出て一旦立ち止まると、白蘭が僕に元気良く手を振る。幸せそうな笑顔が角を曲がって見えなくなってしまうまで、僕は愛しい彼の背中に小さく手を振った。





食事を済ませ、リビングのテーブルで締め切り間近の課題のレポートを書き終えた頃、まるで見計らったかのように白蘭からメールが届いた。


骸君、明日の夜7時になったら僕の部屋に来て欲しい。できれば少しだけオシャレな格好してくれると嬉しいな。僕、骸君が来るのを待ってるからね。


いつもならば絵文字や顔文字をこれでもかというくらいたくさん使うのに。メールの向こうに白蘭の真剣さが透けて見えた気がした。もしかしたら。僕は床に座り込んだまま、リビングの壁に掛けてあるシンプルなデザインのカレンダーに視線を向けた。明日は、僕の誕生日なのだ。もしかしたら。期待しても、良いのだろうか。頭の中で去年の今頃を思い出してみる。あの頃は僕の中で白蘭に対する気持ちがまだ自分でも良く分からなくて、誕生日を教えるようなことはしなかった。それに祝ってもらうような間柄でもなかった。だけど、今は違う。白蘭は僕の恋人で、いつまでも一緒に居たい大切な存在だ。僕は白蘭からのメールにすぐに返信をした。あなたからのお誘い、とても楽しみにしていますからね、と溢れる想いを込めて。するとすぐに愛しい人から返信が来て。子供のように喜ぶ白蘭の姿がつい目に浮かんでしまい、僕は嬉しさを隠せずに口元に笑みを浮かべて、リビングのラグの上に仰向けになった。


「白蘭。」


あぁ、明日が楽しみです。胸が高鳴って仕方なかった。自分の誕生日がこんなにも待ち遠しい日が来るなんて。一緒に祝ってくれる大切な人が居ることがこんなにも胸を熱くさせるなんて。僕には初めてのことだった。



*****
6月9日の午後7時。約束の時間になったので、僕は白蘭の部屋の前に立つと、膨らむ期待と少しの緊張を胸に玄関のドアをノックした。白蘭からメールでお願いされていた通りに、今日の僕の服装は普段のラフな部屋着などではなかった。襟元に刺繍があしらわれた薄いブルーのシャツを着て、その上から以前白蘭に買ってもらった黒のジャケットを羽織り、白のスキニーパンツ、それに似合うベルトとブーツという格好で、僕なりに気合いを入れていた。白蘭が僕の為に選んでくれたこのジャケットは一見フォーマルな感じにも見えるけれど、全体的にカジュアルなデザインになっていて、どんなシーンにもぴったりな僕のお気に入りの服だった。夏祭りにと買ってくれた浴衣もそうであるが、きっとこのジャケットも随分と値の張る物なのだろう。彼は恋人になった今も相変わらず僕に色々な物を贈りたがる。なかなか僕自身で満足するお返しができなくて申し訳ないと思いつつも、僕の喜ぶ顔が見たいという白蘭の想いがいつも嬉しくて、くすぐったくて。甘えてもいいかなと感じている。僕はゆっくりと視線を落とすと、もう一度今日の自分の服装を確認した。

「…変、じゃないですよね。」


絶対大丈夫なはずです。うんうんと頷こうとした瞬間、目の前のドアが静かに開いた。今日は誘って頂いてありがとうございます。真っ先に白蘭にそう告げようとしたけれど、突然彼に腕を引かれ、思わずお礼の言葉を飲み込んでしまった。


「びゃく、ら…」

「ようこそ。お待ちしておりました。」


白蘭は引き寄せた僕の手の甲に唇を寄せると、おとぎ話の王子のように恭しく口付けた。そして僕の右手にしっとりとした口付けを与えたまま、上目遣いで見つめてきた。煌めく薄紫に捕らわれて、まるで全身が甘く痺れたかのようだった。今にもくらくらと目眩がしそうで、僕は白蘭のされるがままに何もできなかった。


「今日は愛しいあなたの為に誠心誠意尽くさせて頂きます。僕と過ごす今日この日が、あなたにとって宝石のように輝く色褪せない思い出の欠片となりますなら、僕はこれほど嬉しいことはありません。」


甘い言葉を敬語で話す白蘭は大人な雰囲気を纏っており、僕はいつもの彼との違いにどぎまぎした。白蘭は僕の手から静かに唇を離すと、幸せそうに微笑み掛ける。白蘭の突然の行動に心臓がうるさいくらいに早鐘を打って。これが所謂出張ホストなのでしょうかねと、頭の中でどうでもいいことを考えてしまった。そんなことでも考えなければやっていられなかった。僕はギュッと目を閉じて何とか心を落ち着かせると、改めて白蘭を見つめた。彼は黒いカッターシャツに白いジレを着て、胸元には蘭の花のモチーフのタックピンを付けており、それは彼の中で一番お気に入りのスーツ姿だった。白蘭にとっても今日が特別な日であることが伝わって来て、それがただ嬉しかった。


「どうぞ中へ。」


白蘭がゆっくりと腕を上げて、これから始まる夢のように幸せな世界に僕を誘う。ここはただのアパートの一室のはずなのに。普段よりも着飾った白蘭が立っているだけで、ずっと華やかな雰囲気に溢れていた。僕は小さく頷くと、白蘭に促されるままにリビングへと向かった。


「さぁ、ソファーへお座り下さい。僕の愛しのお姫様。」


目を細める白蘭に再び手を引かれ、僕は革張りの上質なソファーに少しだけ緊張しながら座り込んだ。けれどもすぐに目の前のテーブルに視線が釘付けになる。ガラスの器に綺麗に飾られた色とりどりの花々。何かの雑誌で見たことがある有名な高級店のチョコレートケーキ。2つのシャンパングラス。それらのあちこちに白蘭の心が散りばめられていて。温かい何かで全身が満たされるのを感じながら、僕は隣に座る白蘭にゆっくりと視線を移した。


「気に入ってもらえましたか?」


ふふ、と笑って白蘭が僕の顔を覗き込んでくる。僕は気恥ずかしさを感じてしまい、彼から視線を外して俯いた。僕達を包む空気にこれ以上心臓が保ちそうになくて、僕は我慢できずにそのまま口を開いた。


「あの、白蘭…普通の口調で…良いですから。こういうことは、慣れていないといいますか…」

「骸君がそう言うなら…」


ねぇ、骸君。さっきまでの僕、いつもと違った感じで格好良かった?そういえば骸君、そのジャケットって僕の為に着てくれたんだよね?ねぇ、骸君。白蘭は途端にくだけた口調に戻ると、目を輝かせながら尋ねてくる。子供っぽさの残るいつもの白蘭の姿に僕の心は酷く落ち着いた。やはり僕は、こちらの白蘭の方が好きなようです。大人な雰囲気の彼もそれは魅力的ですけれど。

「…白蘭、今日は本当にありがとうございます。あなたに誕生日を祝ってもらうことができて、僕…とても嬉しいです。」

「僕もだよ。僕も骸君の誕生日にこうして君と一緒に過ごせて、すっごくすっごく幸せだよ。今日はね、何があっても絶対に仕事休むって、前々からオーナーと約束してたんだ。今日は、僕達の大切な日なんだからさ。」

「白蘭。」


僕も今、幸せです。泣きたくなるほど幸せです。その想いが伝わるようにと白蘭に淡く微笑んだ。白蘭はそんな僕を見て赤くなったかと思うと、すぐにふにゃりと笑顔になった。あぁ、そんな顔をされたら、僕は嬉しくてどうすれば良いというのだろう。幸せは決して目には見えないはずなのに。それが確かに今ここにある気がした。



*****
2人で笑い合ってチョコレートケーキを食べ、シャンパンを舌の上で味わって。僕と白蘭の2人だけのささやかで幸せな時間はゆっくりと過ぎて行った。


「骸君、ちょっと目を閉じてくれるかな?」

「白蘭…?」


白蘭がちょうどケーキを食べ終えた僕を背中から抱き締める。ね?ちょっとだけお願い。耳元で少し高めの声が響いた。そんな風に甘く囁かれてしまえば、僕には抗う術などなくて。白蘭の体温を感じながら、ゆっくりと瞼を閉じた。何も見えない状態では確かに感覚が鋭敏になるようで、白蘭の息遣いや僕の肌に触れる指先をいつもよりはっきりと感じた。不意に僕の首筋にひやりと何か冷たい物が触れて、小さく肩が震えた。


「骸君、目開けていいよ♪」

「はい…」


シンプルなアメジストのネックレスが僕の胸元でキラキラと輝いていた。その輝きに負けないくらいの笑顔が僕の瞳に映り込む。


「どう?気に入ってくれた?僕からの骸君へのプレゼントだよ!…ほんとはシャンパンの中に指輪を隠して渡そうかなぁと思ったりもしたんだけどね、ベタ過ぎるし、ちょっと重いかなって思って。」

「そこまでして頂かなくても、今はこれで十分満足です。」

「ほんと!?良かったよ。指輪はお楽しみってことで。ちゃんとその時が来たら、渡すつもりだから。あ、このアメジストはね、僕の瞳と同じ色だからさ…いつも僕と一緒だって感じて欲しいっていうか…」

「白蘭。」

「うん、骸君?」


僕は白蘭に見せるようにネックレスを手に取ると、目を閉じてアメジストに口付けを落とした。白蘭が小さく息を飲む音がしたと思った時には、優しく舌を絡め取られていた。白蘭とはもう何度となくキスを交わしているけれど、今日は特別甘いと思えた。


「骸君、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。僕と出会ってくれて、ありがとう。」

「白、蘭。」

「骸君、来年の今日もさ、こんな風に一緒にお祝いしようね…ううん、5年後も10年後もずっとだよ。いつまでも一緒に居ようね。約束だよ。」

「はい、勿論です。」


白蘭が強く強く僕を包み込む。僕も白蘭を強く抱き締め返すと、お互いの温もりを感じながら静かに目を閉じていつまでも口付け合った。2人だけの大切な約束を誓うように。






END






あとがき
骸、お誕生日おめでとう!白蘭といつまでも幸せでいてね。というか早く結婚してください(*^^*)


2年目は隣り〜の2人でお祝いしてみました。白蘭がホスト設定なのに今までホストっぽい所をあまり書いていなかったので、似非ホストを少し書けて満足です^^


とにかく2人がずっとずっと幸せでありますように。2人が幸せならば、それだけでこちらまで幸せですからね!


読んで頂きまして、ありがとうございましたv

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