ファミレス☆ラブパニック 2(完結)
僕は本当は彼のことが好き、なのでしょうのか?いいえ、それは断じて違います。ならば何故あの日あんなに動揺してしまったのだろう。いや、あれは別にそういうのではなく。
そんな風に自問自答を繰り返しみて。あの時のことも、この前のことも、何もかも。それは全て僕のただの勘違いです。美味しいチョコレートパフェを食べて気分が高揚してしまい、冷静な判断ができなくなっていただけです。彼の指先に、その笑顔に、心を奪われた訳ではない。これは絶対に恋ではない。僕はそんな生温いものに現を抜かして腑抜けてしまいたくなどないんです。ですからこれは、一目惚れでも恋でもない。そうであってはならないんですよ。なのに。それなのに。
彼のことが気になってしまう?ええ、そうですよ、そうですとも!と、思わず開き直りたくなってしまうほどにあれ以降彼は僕の頭の中に居座り続けていて。大好きなチョコレートのことを考えるスペースにまで出っ張って来るんですよ、あの笑顔が。本当にいい迷惑です。勘弁して欲しいのです。
つまり、僕はますます彼のことを気にするようになってしまっていて。どうすれば良いのでしょう?全くもって酷い自己嫌悪に陥っていますよ。自分自身を律することができないなど、この六道骸にあってはならない。あってはならないことなのですから。一刻も早くこの状況を何とかしなければならないというのに。
気が付けば、僕の足は今日ものファミリーレストランへと向かっていました。これは、違います。違いますよ。白蘭に会う為ではなくて、あくまでパフェを食べに行くだけですから。僕は自分自身に何度も何度も言い聞かせました。パフェを食べつつ、いつものように僕が正しいことを確かめるだけです。僕は白蘭などにときめいていないと自分自身に確認する。ただそれだけです。
今日も学校帰りにそのままあのレストランに寄った訳ですから、窓側の小さなテーブル席に座っているのは当然僕1人です。周囲の人間に友人の居ない寂しい中学生だと思われようが一向に構いませんよ。この前フランを連れて行ったらとんでもないことになってしまった訳ですから、当分あの子はここへは連れて来ません。やめておくに決まっていますよ。年齢の割に大人びた所があるので、僕の考えを理解してくれるのではと期待していたのですがね。引っ掻き回されて、確実に事態が悪化しただけだとしか思えません。それから僕の知り合い達も絶対に駄目です。学区が違っていて普段なかなか会えないからといって誘う訳にはいきませんね。彼らは勝手に変な方向に盛り上がって、間違っているというのに僕と白蘭のことを冷やかしそうではありませんか。それに彼の前でうっかり変なことを口走りそうで恐ろしいですから。僕1人の方が楽で良いのです。美味しい物を食べる時の幸福感は誰にも邪魔されたくはないですからね。
フランの悪ふざけのせいで白蘭の前で動揺してしまい、思わずパフェの感想を述べて誤魔化すなどというあまりにも間抜けなことをしてしまったからなのでしょうか?僕は白蘭に確実に顔を覚えられてしまったようです。あ、悲しいことに名前もですが。それは僕の失態ですから最早仕方がないことなのですが、絶対に認識されていますよ、これは。だって先ほどから何となく彼の視線を感じるんですよ。見られているような気がするんですよね。ですが、それだけではないのです。彼は料理を運ぶ際に何故か何度も僕の横を通り過ぎるんです。どう考えても明らかに遠回りでしょうに、と思う時もですよ。お願いですから僕の横をわざわざ通らないで下さい。ああもう、集中してチョコレートパフェが食べられないではないですか。今日はティラミスも一緒に注文したというのに。
「こんにちは、骸クン♪」
「えっ…」
不意に僕の頭上から優しい声が降って来て。頭の中でぐるぐる考えていたことが一瞬で霧散していきました。そうして白蘭が通り過ぎ様に僕に声を掛けたのだと分かりました。彼は驚いている僕と目が合うと、柔らかく微笑んで通路を歩いて行きました。両手には食べ終わったお皿、さらに両手首にも空のプレートを乗せており、あれだけのお皿をああも器用に、しかも素早く運んでいる彼に感心してしまいました。さすがファミリーレストランの店長ですよね。そのまま何となく目で追ってしまっていると一旦奥に引っ込んでいた白蘭は今度は綺麗に盛り付けられた皿を軽やかに運び始めていました。彼が再び僕の方に近付いて来て、そのことに鼓動が速くなって。僕は俯いて白蘭をやり過ごすのが精一杯で。下を向いた僕の目に彼のすらっとした長い脚が見え、それはゆっくりと遠ざかるはずでした。
「ふふっ♪今日も君が来てくれて嬉しいな。」
「……っ、」
楽しそうな独り言が僕の耳に届き、くるりと後ろを振り返った白蘭が小さく手を振って来て。僕はまたしても突然のことに動揺してしまい、慌てて彼から目を逸らしました。視界の隅に僕に憐れみの表情を浮かべる眼鏡の彼と、興味深そうな表情の金髪の彼が映り込みました。あぁ、彼らにまで…。僕は何でもない風を装って窓の外に目を向けたのですが、やるせなさやら恥ずかしさで泣きそうな気分でした。
先ほどのこともそうなのですが、これは一体何の罰ゲームなのでしょうか。どこかの誰かが僕を困らせたいとでも?先ほどまでレジの担当は彼ではなかったはずなのに。こんな時だけタイミングが良過ぎる自分自身が恨めしいですよ、本当に。僕が無言で手渡した伝票をありがとうと笑って受け取ると、白蘭はレジを打ちながら、ねぇねぇと僕に話し掛けてきました。
「今日はティラミスも食べたんだね。パフェは…いつも食べてくれてるしね。」
「…それは、あの…ここのパフェは、ファミリーレストランなのに本当に美味しいといいますか…チョコレートアイスが2個も乗っていて、それでつい…」
「うん、そうだね。…2個、乗ってるもんねー。」
白蘭は僕にお釣りを手渡すと、また来てねときらきらの営業スマイルを浮かべました。作り笑いであるはずなのに、その笑顔は周囲を惹き付けそうなほどに眩しくて。この大人は、まさか自分が目の前の中学生をこんなにも振り回しているなど夢にも思っていないのでしょうね。彼が気付いていないことに何だか少しだけ苛ついて。僕は財布を乱雑に学校指定の鞄の中にしまい込むと、彼に背を向けました。ですが、「ちょっと待って!」と背中に慌てたような声が掛けられ、僕は思わず歩みを止めると白蘭の方を振り返りました。
「あの、僕に何か…」
「はい、これあげる!」
「これは…」
「ドリンクバーのサービス券だよ。骸君って中学生なんだよね?学生さんだったら勉強とかここでやる時にさ、ジュース飲みながらの方がいいでしょ?だから、良かったら。」
僕は手の中の数枚の紙を見つめました。このサービス券は確かランチなどの料理を注文して一定以上の金額でなければ貰えない物のはずです。いつもデザートしか注文しない僕は本来は貰う訳にはいかないのですが。僕の言わんとすることが分かったのでしょう、白蘭はふっと優しい表情になりましたから。やめて下さい。こんな風に優しくされたら、困るではないですか。どう反応すればいいというのです?
「サービス券はサービスする為にある物なんだからさ、君は気にすることなんてないよ。ここでは君に満足する時間を過ごして欲しいんだ。」
「……」
白蘭は僕の手を両手でそっと包み込むと、ふふと小さく笑いました。肌が触れ合っている所から彼の体温がはっきりと感じられて。けれどもその温かさは、決して嫌なものではなくて。僕は自分からその手を振り払うことができませんでした。そんな自分自身と白蘭に対して、ただ困惑することしかできなかったんです。
「僕が勝手にやってるだけだし、全然遠慮しなくていいんだから♪」
「…分かり、ました。ありがたく頂きます。」
ほんと!?良かった。今度来る時はそれ使ってね。彼は綺麗な笑顔を浮かべると同時に僕からゆっくりと手を離しました。もう1つの体温が僕の中から静かに消えてしまって。言っておきますが、別に名残惜しいだなんて思っていませんから。思ったりした訳ではないですからね。もう少しだけあのままでいたかったかもしれないなどとは。
*****
便利なサービス券にも使用期限があるのです。ですから期限内に使わなければどう考えても勿体ない訳ですよね。つまり、白蘭に来て欲しいと言われたからこうして来た訳ではありません。良いですか?僕はあくまで頂いたサービス券を有効活用する為に来ただけです。それに今日はいつもより課題が多くて、部屋に帰ってやりたくなかったんですよ。そういうことですから、断じて彼の為などではありません。ありませんから。
平日の夕方前の時間。少しだけ賑わっている店内の隅に置かれたテーブル席一杯に教科書とノートを広げ、僕は真面目に課題に取り組んでいました。問題を解きながら目の前のグラスに手を伸ばしてホワイトサワーを口に含むと爽やかな酸味が広がりました。ストローから唇を離すと小さく揺れる氷の音が僕の耳に涼やかに響いて。もう何杯目になるのか分かりませんが、それなりに色々なジュースを飲んだ気がします。もしかしたら飲み過ぎですかね。課題も終わりが見えてきましたし、あと1杯くらいにしましょうか。そんな風に考えながらシャープペンシルを動かしていると、突然ノートの上に薄い影ができました。
「こんにちは、骸クン♪頑張ってる君に今日は僕からご褒美だよ♪」
「えっ、あ、あの…」
困惑する僕の目の前にチョコレートケーキがそっと差し出されて。嬉しそうに笑う彼に見とれて瞬きを忘れてしまいそうでした。我に返ってケーキが乗っているお皿に目を向けてみると、端の方に何とも可愛らしいクマの顔がチョコレートペンシルで描かれていました。これは多分、キッチン担当のあの少女が描いた物ではなく、目の前の彼が描いたのでしょう。僕よりずっと大人である彼がこんな子供みたいなことをするなんて。僕はついくすりと笑ってしまいました。白蘭はまだ僕の隣に居るというのに。
「ケーキ、どうもありがとうございます。」
「いえいえ、どういたしまして!ほんとはさ、もう少し君と話していたいんだけど、これ運ばなきゃいけないんだよね。…それじゃあ頑張ってね、骸君。」
白蘭は僕にひらひらと手を振ると、そのまま慌てたように持っていたピザを別のテーブルへと運んで行ってしまいました。やはり、忙しいのでしょうか。この店はファミリーレストランとはいっても駅前の有名店のようにそれほど大きくはないのですが、白蘭を含めて皆よく働いているようですし。中学生ですからアルバイトは勿論無理ですが、僕も何か手伝えたりはしないのでしょうか。できることはないのでしょうか。彼の、為に。
「…僕、今、何を…」
考えました?彼の為?無意識に浮かんだ考えにそれは違うと否定しようとしたけれど。白蘭の笑った顔が瞼の奥に広がって。認めろということなのでしょうか。もう目を逸らすなということなのでしょうか。この胸の疼きの正体を。彼のことが気になって気になって仕方がない理由を。
「君も、そう思いますか。」
お皿の上でにこにこ笑っているチョコレートのクマに小さく呟くと、僕は白蘭がくれたケーキを食べることだけに意識を集中させました。彼の優しさが込められたチョコレートケーキ。今はただその甘さだけしか考えたくなかったのです。
*****
「あなたに話があるんです。少しで良いですから時間を作って頂けませんか。」
いつものパフェを運んで来た白蘭に真剣な瞳を向けると、僕はゆっくりと言葉を紡ぎました。白蘭は少しだけ驚いた顔をしましたが、それなら君がパフェ食べてお金を払った後にしよっか、と優しく頷いてくれました。少しの緊張と共にパフェを食べ終えて会計を済ませると、彼は言葉通り僕を手招きしてそのまま店の裏口へと連れて行きました。周囲にはごみ置き場があるだけで僕達以外に人影はなく、ここなら大丈夫よねと、白蘭は僕に微笑み掛けました。
「それで、骸君、僕に話っていうのは…」
「…それは、」
「うん。」
「…僕に何かできることがあれば……手伝ってあげても、構いませんよ。アルバイトではなく、あくまで手伝いですけど。…お店、忙しそうですし。」
これが今の僕の精一杯でした。彼のことが本当に好きなのかも分からない僕は、こんな風にしか気持ちを伝える術を持ち合わせてはいなくて。
「それはちょっと、困るかな。」
「……」
骸君、ありがとう。僕、すっごく嬉しい。でもその気持ちだけで十分だよ。てっきりそんな風に言ってくれるものだと思っていました。あぁ、結局は僕だけだったようですね。僕だけがいつも彼のことを気にして。馬鹿みたいに振り回されて。このようにらしくないことまで口にして。もしかしたら彼のことが好き、なのかもしれなくて。ですが、それも今日で終わりです。終わりにします。
「…そう、ですよね。すみません。今のは、何でもありませんから。」
失礼しますと早口で告げると、僕は俯いたまま急いでこの場を去ろうとしました。もうこれ以上ここには居たくなくて。彼の顔を見ていたくはなくて。
「骸君、待って!」
強く腕を掴まれ、僕はそれ以上進むことはできませんでした。ゆっくりと腕を引いて僕を振り向かせた白蘭の顔は真剣そのもので。初めて見る大人の男の真剣な表情。僕はその表情に目を奪われたまま、何も言えずにその場に立ち尽くしていました。
「骸君が高校生でアルバイトができたとしても、僕は君に同じことを言うよ。…君にはいつもお客さんでいて欲しいんだ。」
「それは…」
「骸君がいつも注文してるパフェってさ、チョコレートアイスが2個乗ってるでしょ?」
「は…?あの、いきなり何故…パフェの話など…」
突然好物のパフェの話になり、僕はこんな時に何が言いたいのかと酷く困惑してしまいました。白蘭は僕に柔らかく微笑むと、楽しそうに言葉を続けました。
「君にだけ、なんだよ。アイス2個なのは、骸君のパフェだけ。骸君、メニュー表の写真をよく見てないかもしれないけどさ、本当はアイスって1個なんだよね。…料理はユニちゃんが担当してるけど、デザート全般は僕が作っててさ、骸君ってチョコレート好きでしょ?だからね、君のパフェにだけはいつもアイスを1個多くしてたんだ。ほんのちょっぴりだけど、君に幸せな気分を味わって欲しくて。好きな物を食べて君に笑って欲しくて。」
「……」
知りませんでした。知りませんでしたよ、そのようなこと。彼が僕の為にしてくれていたことを。あのアイスクリームに込められていた彼の想いを。
「初めて見た時からずっと骸君が好きなんだ。あの日、君の唇に触れた時からずっと。好きだよ、骸君。」
飾らない真っすぐな言葉は、確かに僕の心に届いて。僕の心にゆっくりと広がって、優しく沁み渡っていくようでした。
「だからね、骸君にはこれからもお客さんとしてここに来て欲しいんだ。カッコよく働く彼氏を見に来てよ♪」
「か、彼氏っ…!?」
「ああもう骸クン!本当に反則だよ、それ。照れた顔、可愛過ぎ。」
僕の髪を包むように頭の上にそっと手が置かれ、そのまま優しく撫でられてしまいました。愛おしむように触れてくる白蘭の細くて長い指の感触が堪らなくて。認めるしかありませんでした。認めなければなりませんでした。僕も、彼のことが好きなのだと。
*****
「久しぶりに学校帰りに会ったと思ったら、師匠、校門前でいきなりミーを拉致したんでー、とうとうご乱心ですかーって思ったんですけどー、別の意味でご乱心中だったんですねー。」
「フラン、声が大きいですよ。」
「あの人と上手くいったんですねー。やっぱりあれですかー?あの人とこれからめくるめく官能の世界に…」
「お前は大人しく目の前のプリンでも食べていなさい!」
フランは僕が奢ったプリアラモードに視線を移すと、言われなくてもそうしますけどーと呟いて、小さな口でプリンを頬張り始めました。
「師匠が今日、ミーを誘ったのって、1人で居るのが恥ずかしかったからなんですよねー?ついこの間まで1人でも平気だったじゃないですかー。今さら何照れてるんですー?」
「僕は…照れてなど、いません。」
やはりこの子にはお見通しのようです。昨日の今日ですよ、1人で居るなど恥ずかしいに決まっているではありませんか。まだこれからケーキも奢ってやるつもりですから、フランには当分付き合ってもらいますよ。僕は心の中で呟くと、目の前のチョコレートパフェに手を伸ばしました。勿論今日もチョコレートのアイスクリームは2個ですよ。
「あらら、骸君、君ったら、また可愛いことになっちゃってるよ♪」
「え…?」
僕の口元に温かな指先がふわりと触れて。気が付けば目の前には指先のチョコレートアイスをぺろりと舐める白蘭が居ました。彼はふふっと笑うと、今日もお仕事頑張ってくるねと僕に微笑んで、楽しそうに通り過ぎて行きました。
「師匠ー、顔がリンゴみたいに真っ赤ですよー。」
「……」
僕は今冷たいパフェを食べている訳ですから、顔が赤くなってしまった理由を上手く見つけられなくて。どうしても思い付くことができなくて。ああもう。そうです。僕は今、幸せです。
END
あとがき
ファミレスパロのお話ですが、色々とものすごく無理矢理設定で申し訳ありません。広い心で読んで下されば嬉しいです。書いている本人は楽しく書けました!ラブコメ風とツンデレ骸を目指して書いてみたのですが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです♪
お付き合いくださいましてありがとうございました。
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