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幸福を望んだとある世界のふたり
未来編が終わった後のお話です

色々と酷い方に捏造しています




街行く人々の波の中から座っている僕の姿を見つけたのだろう。右手をぶんぶんと振りながら彼が向こうから走って近付いて来る。待ち合わせ場所に指定していた広場の中央にある噴水の縁から腰を上げて、僕は彼に笑みを向けた。


「骸クン!遅れてごめんね〜。会議が予定より長引いちゃってさ。」


全身を白のスーツで包んだ彼、白蘭が顔の前で両手を合わせて僕に謝罪をした。ごめんねと何度も謝る端正な顔がいつもより幼く見えて酷く愛らしかった。


「大丈夫ですよ。僕も今来たばかりですから。」

「…っ、何でそんな男前なこと言うの!あーもうずるい!」


本当は僕が君より先に着いてお出迎えするつもりだったのに。白蘭はスラックスのポケットに両手を突っ込み、次いでむっと頬を膨らませた。


「白蘭、機嫌を損ねないで下さいよ。誘って頂いて嬉しかったのですから。」


僕が柔らかく告げると、白蘭は途端に機嫌を直した。によによ嬉しそうに笑う彼の背後に花が飛んでいるように見える。白蘭はこんな風にころころと表情を変える男なのだ。それは出会ってすぐに思い知ったことだった。僕が数年前のことを懐かしく思い出していると、手首にふわりと温もりを感じた。


「白蘭…?」

「早く行こうよ、骸君。時間限られてるからさ。あと数時間したら、僕また戻らないといけないじゃん?この後も色々と会合が詰まってるし。本当に嫌になっちゃう。」


僕の手首を掴んだまま白蘭が歩き出す。だが数歩歩いたところで、あ、と声を上げた。彼は細く長い指をするすると移動させて僕の指へと辿り着くと、ふふっと笑った。お互いの指を交互に絡めた、所謂恋人繋ぎの形になる。僕は思わず指を動かしたが、白蘭は指を絡めたまま、早く早くと僕を促す。何を言っても手を離してくれないことは分かっているので、彼の好きにさせることにした。だがそれ以上に僕の方がこの指先の感触を失いたくなかった。


「骸君とのデートはいつもこんな慌ただしい感じになっちゃうよね。ごめんね。」

「いえ。忙しいのにすみません。いつも…僕の、為に。」

「君は全然悪くないから!あー秘書の子に頼んで仕事調整してもらわなくちゃいけないなぁ。」

「別に無理はしなくていいですから。」

「無理とかじゃないよ。だってもっと骸君と一緒がいいもん。」


絡んだ指がきゅっと力を込めてくる。そういうことをされると何も言えなくなってしまう。それくらい彼のことが好きのだ。僕にとって大切で愛おしい存在が白蘭だった。






白蘭が案内してくれたのは待ち合わせの噴水があった広場から10分ほど歩いた大通りにあるオープンカフェだった。ちょうど午後を過ぎたティータイムだからだろう、明るい店内は客で賑わいを見せていた。どこかで聴いた覚えのある流行歌が耳をくすぐるように流れていく。新聞を読む者、雑談に花を咲かせる者、好きな音楽を聴いている者、皆それぞれが自由な時間を過ごしている。設えられたテーブルや調度品はセンスが良く、白蘭のおすすめの店であると納得できた。


「お天気もいいし、せっかくだからさ、外の席にしない?」

「いいですね。」


定員に促されて日除け用のパラソルで覆われたテーブル席に着いた。白蘭は僕の向かい側に座ると、子供のようにはしゃぎながらメニューを選んだ。僕は彼のこういうところが密かに好きだった。


「わ〜待ってました♪骸君は小悪魔的な魅力があるし、僕も白い悪魔って呼ばれてたから、これ、僕達にぴったりじゃん?後で分けてあげるね♪」


愛想のいい店員がやって来て僕達が注文したドルチェを木製のテーブルに置いた。白蘭が選んだのはトルタ ディ アボリコだ。別名悪魔のケーキと呼ばれるそれはチェリー入りのチョコレートケーキで、チェリーの甘酸っぱさとチョコレートクリームの甘さが調和すると絶妙な味になる。白蘭は目の前の自分のケーキと僕が注文したショコラのムースであるムッセ ディ チョコラータを交互に見やって、美味しそうだねと笑みを零した。白蘭はそのままスプーンを口に運んでいたが、ふとその手を止めて僕の肩越しに見える通りに視線を移した。白蘭は首だけを動かして周囲を見渡し始める。どうしたのだろうかと僕が訝しんでいると、彼はどこか遠くを見るような目をして、そっと口を開いた。


「…世界を自分のものにしようなんて野望、消し去ってもらえて良かったって思ってるよ。今じゃ何であんなこと考えたのかなーって。ほんと馬鹿だったよね、僕って。」


困ったように笑いながら白蘭は再びケーキを食べ始めた。


「急にどうしたのですか?」

「んー、ああいうのって壊したらいけないものなんだよ。」


白蘭の視線の先。家族や恋人達、学生のグループが何やら楽しそうに話をしながら歩いている。イタリアの街だけではなく、世界中で見掛けるありふれた何でもない日常の風景だ。けれどそこには暖かくて優しい、穏やかな空気が満ちている。


「そういうこと、気付けて良かったなって、今ふと思ったんだ。」

「そうですね。僕も良かったと思っていますよ。」

「それにさー、僕、骸君とあんな家庭作りたいの♪」


細い指が持っているスプーンが指し示す先では、幼い兄妹がジェラートを買って欲しいと年若い両親にねだっていた。さっきパンナコッタを食べたばかりだよと両親は困った顔をしているのが見て取れたが、言葉とは裏腹に2人の目元は幸せに緩んでいた。


「美人な奥さんと可愛い子に囲まれる幸せな家庭ってやつだよ♪骸君ならきっといい奥さんになること間違いなし!」

「……白蘭。」

「君、すっごーく面倒見いいし、料理も上手だし!」

「そうですね。僕ならば全て完璧でしょう。ですが、亭主関白は認めませんので。」

「お!その発言は僕の方こそ認めないよ!昼も夜も僕が主導権を握るんだから。」

「へぇ、そうですか。」

「そうだよ!」

「白蘭。」

「骸君。」

「……」

「……」


そこでお互いに顔を見合わせてくすくす笑い合った。そんな未来は絶対にあり得ないと分かっているからこそ、考えるのが楽しかったりするのだ。


「ああ、幸せだなぁ。」

「僕も同意見です。」

「ねぇ、僕と君の子供って、どんな感じだと思う?」

「そうですねぇ…」


白い髪と青黒い髪の2人の子供はどちらも利発で可愛らしいに決まっている。散々話して白蘭とそう結論付けた頃には追加で注文した オレンジキャラメルソースのセミフレッドが運ばれて来たのだった。白い皿を受け取って、この世の幸せはここにあるとばかりに嬉しそうに冷たくて滑らかなドルチェを頬張る白蘭を見て、僕は心の奥から溢れ出す甘い感情をそっと押し込んだ。






甘い物を食べて楽しい時間を過ごした後、僕達は石畳の道を歩いて市街地を抜け、街から遠くない所にある草原に向かった。小さな丘になっているその場所からは海も見える。ここは僕だけのお気に入りの場所なんですよ、誰かに教えたのはあなたが初めてですと教えてやれば、白蘭は目を輝かせて大袈裟なくらいに喜んだ。


「平和を実感するなー。あの頃はさ、2人でこんなことなんてできなかったよね。」


あの頃、つまり匣を手にして闘っていた当時から恋人関係ではあったのだが、お互いに様々な思惑から敵対していたので連れ立ってどこかに出掛けるなどあり得ないのは当たり前といえば当たり前のことだった。一緒に街を歩くことも、美味しいドルチェを楽しむことも、爽やかな風を感じ合うことも、こうして丘の上に座り込んで空を眺めることも。そんな簡単なことが何ひとつできなかった。


「あの日から5年、ですからね。」

「うん。でも君は何年経っても相変わらず美人さんだから、困っちゃうなー。」

「あなたに飽きられないように色々と努力してますからね。」

「もう何言ってんの!僕が君に飽きる訳ないじゃん!」


そんなこと一生ないよ、骸君の馬鹿、と笑いながら、白蘭は僕の肩口にぐりぐりと頭を押し付けてきた。彼の体温が心にまで沁み渡る。僕だけが知っている、その温もりが。


「…僕、本当はこういう世界を創りたかったんだよ。君とずっと一緒に笑っていられる世界をね。」

「……」

「それが、君と出会って見つけた、僕のたったひとつの願いだったんだ。世界を初めて好きになれた、僕の最初で最後の。」


真っすぐな言葉は僕の胸を嫌というほど締め付けた。苦しくて痛くて、どうしようもなくなった。


「ちょ、どうしたの!?」

「え…?」

「骸君、大丈夫?もしかしてさっき食べたセミフレッドが冷たくて、お腹痛くなっちゃったの?」

「違っ…」

「だって、泣いてる…」


ゆらゆら揺れる薄紫の瞳がこちらを覗き込んでくる。あやすように僕の頬を撫でる彼は5年前と少しも変わってはいない。あの当時のままの姿だ。それもそのはず。あれから先を見ることは叶わなかったのだから、それは当然だった。僕は、あの頃の彼しか知らない。これから先も。


「僕、は…」


あの日、あなたの手を取ってどこか遠くに行けば良かったのですか。あの日、全力であなたを止めれば良かったのですか。あの日、あなたと一緒に世界に別れを告げれば良かったのですか。どうすれば正解だったのか。答えは今も分からない。僕だけが、刻を重ねていく。


「泣かないで、骸君。」


「……すみませ、」


白蘭に何度も背中を撫でられ、ようやく気持ちが落ち着いた。もう大丈夫ですと笑ってみせれば、今度は彼の方が泣きそうな顔で僕を強く抱き締めた。


「君が進む道を一緒に歩いてあげられなくてごめんね。……君にもう、幸せをあげられなくてごめんね。」

「……っ、」

「でもね、」 


言葉を切って白蘭が僕を見た。淡い緑の中で唯一の白を纏う彼は、ただ綺麗だった。


「骸君、僕はずっと君を想ってる。」

「びゃく、らん…」

「ずっとずっと。」


涙が溢れて止まらなかった。24歳の彼は今も僕の特別なのだ。溢れ出す透明な雫を白蘭の舌が優しく舐め取っていく。間近にある紫水晶の瞳が、ただ君が愛おしいと告げていた。僕も彼の背中に両腕を回して、この先も変わらずにある想いを伝えた。


「僕も、です。白…蘭…」

「うん。ありがとう。」

「白、蘭…」

「大好きだよ。」






次に瞼を開けば僕の目の前から白い彼は消えていた。そこには先ほどまで見ていたのと同じ小さな草原が広がっているだけだった。


『骸君、僕はずっと君を想ってる。』

『ずっとずっと。』


僕が望んで、僕の中の彼に紡がせた言葉が耳の奥で木霊する。


「白蘭。」


僕は目の前にある小さな墓石に一歩近付いた。それは白蘭の墓だった。だがそこには何も眠ってはいない。あの日彼は跡形もなく消滅したのだから。何も入れる物などありはしなかった。僕は膝を折ると、手を伸ばして墓石の文字に触れた。その墓からは大空と海が近い。それらはどちらも彼を表す大きくて輝くもの。


「白蘭、また久しぶりにあなたに会いに行ってしまいました。」


彼はここに眠っていないことなど分かりきっている。だが僕は言葉を紡ぎ続けながら、墓石の文字を指先で辿った。


「あなたは分かっていると思いますが、あの世界を消すことは、やはりどうしても…できないんですよ。」


僕が僕の為だけに作ったあの優しい世界の中で白蘭は生きている。普段あの世界の扉は固く閉ざされているのだが、時々無性に彼に会いたくなる日があって、その時にだけ僕はその扉を開けてしまうことがあるのだ。


「悔しいですが、僕はまだこんなにもあなたのことが好きなんです。」


そう告げたら、白蘭はきっと満面の笑みを浮かべて頷いてくれたことだろう。そして、あの世界の彼も同じ顔をするに違いない。幾重にも鍵を掛けて大事にしまい込んだ世界。その哀しくて優しい夢幻の世界を抱えたまま、僕はこれからも生きなければならない。それに縋り付いて暗い沼の底へ堕ちるつもりなど毛頭ないが、それでも少しくらい幸せを望みたいのだ。ただ、思い出の中の彼を感じたいだけなのだ。それくらいは許して欲しい。いいよ、仕方ないなぁ、僕のこと大好きだもんねと眉を下げて受け止めてくれるだろうと信じている。


「またいつかあなたに会いに行く時は、僕のおすすめのドルチェを教えてあげましょうかね。きっと気に入りますよ。」


涙を誘う優しい風が僕の髪と足元の若草を静かに揺らす。瞼の裏に浮かぶ白い彼に暫しの別れを告げた後、僕は空の青と海の蒼が交わる境界線を見つめた。






END





あとがき
救いのないお話ですみません。白蘭が救われなかった世界があったら、骸はどんな風に生きているのかなと思いながら書いてみました。骸は決して逃げている訳ではないですが、白蘭を忘れることも決してないだろうと思います。


こんなお話を書いてしまいましたが、どの世界でも白骸の2人は仲良くやっているはずなので問題ないですね(*^^*)


読んで頂きましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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