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学園の王子様と優等生 9
PLAYER:骸




「骸君のことはさ、遊び。」


放課後の廊下を進んで辿り着いた生徒会室の戸を開けようとした僕の耳に、はっきりと白蘭の声が届いた。


「……」


白い引き戸の向こうから聞こえてきた言葉の意味を理解した瞬間、身体が震え、両手に持っていた小さな水色の紙袋が音を立てて床に落ちた。僕は慌ててその紙袋を拾い上げると、ひたすら廊下を走り、1階へと続く階段を駆け降りた。俯いたまま下駄箱まで夢中で走って、僕はようやく足を止めた。息が苦しくて、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返す。そんな僕の目に下駄箱の横に備え付けられているごみ箱が映った。持っていた袋を思い切り投げ捨てようとして。けれども僕の右手は宙に止まったまま動かなかった。


「…滑稽過ぎて、笑えませんね。」


白蘭を驚かせたくて、喜んで欲しくて、彼に内緒でクッキーを作って差し入れしようと思ったのだ。旧校舎の屋上で偶然にも一緒に昼食を取った時、いつか差し入れを作って欲しいと言われて、今日の放課後に渡そうと考えていた。だけどもう無意味ですね。僕はクッキーの入った袋を肩に掛けていた通学鞄の中に押し込めると、足取りも重く、そのまま学校を出た。



*****
帰宅する為に最寄り駅に向かっていたはずなのに、気が付くと僕は公園の入り口の前に立っていた。白蘭と一緒に学校帰りにクレープを食べたあの公園だ。今日もあの日と同じように公園内でクレープが売られていたが、僕はその横を通り過ぎると、白蘭と一緒に座ったベンチへと足を向けた。鞄を横に置いてそっとベンチに腰掛ける。木々に囲まれたその場所は時折ふわりと穏やかな風が吹くだけで、とても静かだった。


「白、蘭。」


分かっていた。分かっていました。白蘭が本気になることなど、決してないのだと。所詮は恋愛ゲーム。仮初めの関係なのだと。


「僕は1人で何を浮かれていたのでしょう…」


分かっていました。本気になってしまってはいけないと。だって白蘭にとってはただのゲームなんですから。


「分かっていた、はずです。」


だけど、白蘭、僕はあなたの温もりに触れてしまった。今までは1人でも平気だった。他人と距離を取らなければ生きていけなかったのに。それが今は、あなたが隣に居ないことが辛い。僕はこんなにもあなたのことを好きになっていたなんて。僕の隣は1人分のスペースが空いている。そのぽっかりと空いた空間がもう二度と埋まることはないのだと思うと胸が痛くてどうしようもなかった。


「これ、どうしましょうかね。」


僕は鞄からクッキーの袋をそっと取り出した。中にはマシュマロを挟んだクッキーとチョコチップクッキーが何枚も入っている。袋をゆっくり開けて中からチョコチップクッキーを1枚取ると、そっと口に入れた。


「…僕としたことが、砂糖と塩を…間違えてしまったみたいです、ね。…すごく…塩辛い、です。」


袋の中のクッキーに透明な雫がぽたぽたと落ちた。


「あ…僕…」


泣いているのだと理解した瞬間、目の前のクッキーがぼやけて、ゆらゆらと揺れた。慌ててブレザーの袖口で涙を拭う。けれどもそれは少しも止まってくれることはなくて、あとからあとから溢れ出した。


「びゃく、ら…」


彼のことが好きだ。けれどもうどうすることもできない。それがどんなに悲しいことなのか。うっすらと茜色に染まり始めた空が酷く滲んで見える。涙で歪む夕方の空を黙って見上げた僕は流れ落ちる涙を拭いはしなかった。静かな公園の中で、僕の嗚咽だけが誰にも聞かれることなく、いつまでも小さく響いていた。

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