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学園の王子様と優等生 6
PLAYER:白蘭




数年前に新校舎が建てられたことで今はもう部活生の練習室以外は使われていない旧校舎の屋上へと続く階段を進む僕の手には、購買部で買った菓子パンと紙パックの牛乳が入った袋が握られている。


「あー、お腹減ったー。」


今はちょうどお昼休みの時間で。今まで誰にも言ったことはないんだけど、僕は時々この旧校舎の屋上でお昼ご飯を食べるんだ。皆は知らないみたいだけどさ、屋上の入り口の鍵が壊れてて簡単に入れてしまう。1人になりたい時、ゆっくりと考えことをしたい時、そんな時にあの屋上はぴったりの場所なんだ。


「今日も僕が独り占めしちゃおーっと♪」


自分だけの時間を作る為。だけどそれだけじゃない。すごく近いんだ、空が。遮る物が何ひとつない屋上に寝転んで空を見上げるとさ、何だかその青い色に包まれるみたいで気持ちいいんだ。退屈を忘れてしまいそうになるくらいにほんとにすっごく気持ちいいんだよ。


埃がきらきらと光って見える階段の先に屋上へと繋がる入り口が見えて、僕は今日ここで食べようと思った理由を心の中でもう一度思い出していた。骸君とのことをちゃんと考えてみようと思ったんだ。彼とチョイスを始めてちょうど今日が折り返しの日だったから。そっか、あと2週間くらいか。


「むくろくん。」


ふっと骸君の顔が脳裏に浮かぶ。まだ整理のついていない僕の頭でも分かることがあった。骸君は今までのゲームの相手とは違うんだということが。だって、僕がこんなにも誰かのことを考えることなんて全然なかったもの。チョイスをしている時でも、ここまで相手の子のことなんて考えなかった。勿論可愛くてキュートな女の子達に喜んで欲しい思いもあったけど、僕が毎日を退屈しないようにっていうのが一番だったんだ。


「僕、君のことばっかり考えてるんだよなぁ。」


あの日から。保健室で骸君を近くに感じてから、僕は何だかおかしい。今までだって付き合っている間は女の子と手を繋いだり、腕を組んだり、頼まれれば優しくキスだってした。柔らかな女の子に触れるのは悪い気分じゃなかったよ。だけど少ししか触れてはいないのに。彼を一瞬近くに感じただけなのに。まるで僕の大切な何かを君に奪われたみたいに思えたんだ。ねぇ、骸君。僕、一体どうしちゃったんだろう。考えは堂々巡り。だからとにかくまずはご飯を食べて、昼休みの間でじっくり考えてみようかな。そう思いながら屋上の入り口のドアを開けた僕は、フェンスに寄りかかるように座ってお弁当を広げている、今まさに僕の頭の中を占めていた人物を見つけて驚いて固まってしまった。


「え?…む、骸君…!?君、何でここに…」

「僕の方こそ驚きましたよ。…あなたも、ここの入り口の鍵が壊れていることを知っていたんですね。」


骸君はお箸でからあげを挟んだまま少しだけ驚いた顔で僕を見ていたが、納得したように頷くと、からあげを口に入れた。





「時々ここで食べるんですよ。」


骸君は隣に座った僕に静かに話し掛けてきた。僕は一応生徒会長で、これでも結構忙しいから、昼食は正チャンと生徒会室で食べることの方が多い。あとは皆とクラスの教室で食べたりとか。だから今日ここで骸君に出会ったのは本当に偶然なんだろうな。


「ここで食べるのが好きなのには、実はちゃんと理由があるんです。」

「そうなの?」

「はい。」


骸君はお箸を置いて一旦食べるのをやめると、瞳を瞬かせて僕の方をじっと見た。


「どんな理由?」

「…空を、とても近くに感じることができるんですよ。この場所は空が近いんです。こんなに綺麗な青空を見ていると、悩みや苦しいことも忘れてしまえる気がするんです。」

「それって…」


空を近くに感じる。それはここで食べる時にいつも僕が感じていることだった。何だっけ?こういうのって、確か価値観の共有っていうんだよね?同じ物を見て、お互いが同じように心を動かす。まるで僕と骸君の心が繋がっているみたいに感じて、急に胸がドキドキした。ちょっと、本当にどうしちゃったんだよ、僕は。


「今日の空も綺麗ですね。」


風にふわりと揺れる髪もそのままに、骸君が嬉しそうに呟いた。その微笑んだ横顔に思わず僕は見惚れていた。


「…うん。澄み切った青だ。」


確かに綺麗な空だよ。だけど、君の方がもっともっと綺麗だ。自然とそんな風に思ってしまい、僕は恥ずかしさで一杯になった。何考えてんの、僕!ここは話題を変えるべきだよね。うん、それがいい。混乱する頭でそう思った僕は、すぐ側にあった骸君のお弁当を指差した。


「あ、えっと…そうだ!ねぇ、このお弁当って骸君が作ったの?」

「これですか?ええ、そうです。僕、実家が遠いので一人暮らしをしていますから。料理は大抵何でもできます。あ、お菓子作りも得意ですよ。」

「へーすごいじゃん!じゃあさ、僕が放課後生徒会室で仕事してる時に、何か差し入れとか持って来て欲しいかなぁ、なんてね。」


ほんの冗談のつもりで口にした言葉。僕のその言葉に骸君は瞳を瞬かせると、そのまま俯くように僕から視線を外した。別に構いませんけど、と零れ落ちる小さな声。それからそっと顔を上げた骸君がどうしようもなく可愛いだなんて。


「……絶対とは、言いませんが、時間があれば…考えておきますよ。この前の…クレープのお礼もしていませんでしたから。」

「うん…うん!約束だからね♪」


嬉しそうな顔をした僕に、まぁあまり期待しないで下さいよ、と骸君は少し照れくさそうに呟いたんだ。





それから他愛ない話をしたり、からかって怒られたりしながら僕も骸君も昼食をほとんど食べ終えて。そうしたら何となく手持ち無沙汰になってしまった。骸君とこんな風に過ごすのは悪くなかったけど、本当なら1人で食べた後、骸君のことをもう一度しっかり考えてみようと思っていた訳で。だけど、彼が隣に居たんじゃ、それもできそうにないしね。それにさっきから会話があまり続かない。骸君はもともとそんなに喋る方じゃないから、これは僕に原因がある。ご飯を食べてる時は普通に話せてたはずなのに、食べ終わってすることがなくなった途端、何だか上手く話せないんだ。僕、骸君のこと、意識してる?わーどうしよう、このままじゃ昼休みが終わっちゃう。何でもいいから喋らないと。うん、ここは軽い感じで攻めた方がいいかな?僕は骸君をちらりと見て、再び彼に話し掛けた。


「骸君ってさ、」

「何です?」

「君、優等生って言われて周りに頼りにされてるみたいだけど、ここでよく1人でご飯食べてるって言ってたよね。…友達とか誰かと一緒にご飯食べないの?僕なんかさ、いつも正チャンにこぼさず食べろって怒られるんだから。あと書類の決裁しながら食べるなとかさ、本当に嫌になっちゃうよ。」


僕は冗談っぽく笑った。骸君のことだから、あなたその歳で綺麗に食べられないんですかって、呆れ笑いをするだろうと思った。だけど骸君は不意に痛みに耐えるような表情になって、片手で右目を押さえるように覆った。綺麗な青い右目が隠れてしまって、僕は少しだけ残念に感じた。


「…骸君、どうしたの?大丈夫?目痛いの?」

「大丈夫ですよ。…目にごみが入ってしまったようで。」

「そう?ならいいんだけど。」


片手を顔から外した骸君は特に変わった様子も見られなかった。何だかつらそうに見えたのは僕の勘違いだったのかな。


「白蘭。」

「ん?なあに?」

「今、あなたは僕に友人が居ないとか何とか言いましたけど、あなただって敵が多いんじゃないですか?チョイスなんて自分勝手なゲームをやっているんですから。…王子様は本当に大変ですね。」


艶やかな笑みを口元に浮かべた不敵な顔で骸君が僕を見た。骸君め、僕の冗談に皮肉で返してくるなんて。


「そこらへんは上手くやってるから大丈夫だよ。それに僕は生徒会長として、今までなかった楽しい行事を増やしたり、校則だって緩めたんだ。…僕は皆から敬われることはあっても、恨まれることなんてないよ!それは絶対なんだから!」

「白、蘭。あなた、そんな必死な顔…クハハッ、しなくても…すみません、何だか笑えてきました。」


骸君は僕の横で楽しそうに笑い出した。思いきり笑われてむっと頬を膨らませていた僕も何だかおかしくなっちゃって、骸君と一緒に笑った。僕、誰かとこんな風に心の底から笑い合ったことってあったけ?正チャンやクラスの皆と馬鹿騒ぎして笑ったことは何度もあるけど、ここまで楽しいって思ったことはない気がする。 骸君だから、なのかな。他の誰でもない君と一緒だから。


「あーあ、何だろ…楽しくて仕方ないや。」


制服が汚れることも気にせず、僕は仰向けになって空を仰いだ。風に乗って白い雲がゆっくりと流れていく。ふわふわの雲は僕の心を落ち着かせてくれた。遠くでチャイムの音が響き、もうすぐ授業が始まる時間を告げた。だけど僕はこのまま寝転がっていたくて、午後の授業をサボることにした。


「骸君、僕さ、このままここで寝ることにしたから、君は教室に戻りなよ。」


両腕を頭の下で組んでごろんと寝転がった格好のまま、骸君に声を掛けた。骸君は立ち上がる素振りを見せたけど、入り口の鍵の壊れているドアへは向かわずに、僕の隣に来て同じように仰向けになった。


「君まで授業サボっちゃって大丈夫なの!?優等生の君が…」

「…何だか…あなたの隣で寝たくなったんですよ。…いいですか、僕が寝ている時に何かしたら潰しますから。」

「え…潰すって、何を…?っていうか、本当に寝ちゃうの、骸君!」


戸惑う僕のすぐ隣で、片腕を枕代わりにして横になった骸君は言葉通りに静かに目を閉じた。ほどなく彼から小さな寝息が聞こえてきた。そんな可愛らしい彼を見て、僕ははっきりと1つのことを確信していた。


「そっか、」


やっとこの気持ちが何なのか分かったよ。僕は骸君のことが好きなんだ。君が大切なんだ。 今までずっと毎日が退屈で、チョイスで気晴らしをしてたけど、それ以上に夢中になれるものが君だったんだ。


「骸君、これはただの恋愛ごっこだって君に言ったけど、僕、どうやら君に本気になっちゃったみたいだよ。」


そっと呟いた僕の言葉は嬉しさや切なさ、困惑なんかが色々とない交ぜになっていて、屋上を吹く柔らかな風がどこか遠くへと運んでいった。

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