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Flower Valentine
バレンタインデーにデートするお話です




白蘭から笑顔で言われた言葉が俄かには信じられなくて、骸は何か裏があるのではないかと困惑した思いで恋人を見つめ返した。


「もう1回言うけど、今年は君からのチョコはいらないよ♪」

「それは、チョコレート以外に何か僕に要求するということですか。」

「違うってばー。そんな顔しないで。君は何もしなくていいってことだよ。」


去年と同じように、14日はちゃんと僕にチョコくれなきゃいたずらしちゃうからね、と10月の終わりのイベントと混同したことを言われると思って身構えていた骸であったので、白蘭の言葉に驚きを隠せなかった。早春の柔らかな陽射しが降り注ぐリビングで午後のティータイムを楽しんでいた2人であったのだが、先ほど白蘭がバレンタインデーの話題を切り出したのだ。そして彼は今年はチョコ用意しなくていいよと明るい声で骸に告げたのだ。恋人がそのようなことを口走るとは思ってもいなかった骸は、紅茶を飲みながら白蘭の様子を窺った。甘党でなければ胸焼けしそうな量の角砂糖とミルクが入ったコーヒーを美味しそうに味わいながら、白蘭はにこにこした表情のままだった。


「骸君、どうしたの?何か僕の顔についてる?」

「……いえ、別に。」


バレンタインデーまではあと3日ある。骸は今日か明日にでも仕事が終わったらチョコレートを買うつもりでいた。男の自分が2月14日の為にわざわざチョコレートを買うことについて今でも決して100%納得した訳ではないが、それでもほんの少しくらいは恋人への想いを伝えなければならないだろうとは思っている。勿論気恥ずかしさは拭えないのであるが。白蘭からチョコはいらないよと言われたことで、そういう葛藤から解放されたことになる訳であったが、骸は変な気分だった。肩透かしを食らったような、何だか腑に落ちないような、そんな気持ちだった。そもそも白蘭がバレンタインデーにチョコレートはいらないと言うのがおかしいのだ。1年中毎日のように骸に愛を囁くこの気障な男がバレンタインデーを重要視しないはずがない。もしかして道に落ちていた賞味期限切れのお菓子でも食べておかしくなってしまったのだろうか。今年は白蘭の為にチョコレートを買わなくて済んだという安堵感よりも恋人の発言の意図が読めない不安の方が骸の心の中で大きくなっていた。


「あなたがそう言うのでしたら、そのようにしますが…今年は、本当に買いませんよ?後で欲しかったと言ってもあげませんからね。無理ですよ?」

「大丈夫だよ、骸クン♪今年はいらないから。ということでそんな感じでよろしくね!」


恋人の態度に最後まで訝しがる骸とは対照的に白蘭は14日が楽しみだなーと呟きながら、陶器の皿に山盛りに乗せていたマシュマロを1つ摘まんで嬉しそうに口に含んだ。



*****
朝起きたらベッドに白蘭の姿はなかった。骸はゆっくりと上半身を起こして寝室の向こうの気配を探るように恋人の名前を呼んでみたが、いつまで経っても返事は返って来なかった。どうやら白蘭は骸を残して外出してしまったようだ。昨夜は白蘭に抱き締められて眠りに就いたのであるが、与えられる温もりに安心してぐっすりと眠ってしまったようで、骸は恋人が自分よりも早く起きたことに気が付かなかった。手を伸ばして触れたシーツは既に冷たくなっており、ベッドサイドのローテーブルに置かれた時計はいつもの目覚めよりも数時間遅い時刻を差していた。どうして起こしてくれなかったのだろうかと骸はまだぼんやりとする頭で思った。いやそれよりも、14日はデートだからね、忘れないでよ、ちゃんと起こしてあげるからねと言っていたのは白蘭の方なのだ。今まで寝ていた自分も悪いのかもしれないが、自分から誘っておいて勝手にどこかに行ってしまった彼も彼だ。これからどうしようかと思案しようとして、骸は自分の枕元に隠れるようにして置かれてあった一輪の薔薇の花に気が付いた。


「これは…」


恋人が指を怪我してしまわないようにと丁寧に棘が取り除かれた赤い薔薇の茎に細長く折り畳まれた紙がリボンのように結ばれていた。骸は破れないように注意しながら紙の結び目をそっと解くと、紙を開いて中に書かれていた内容を確認した。


「…この場所に行けということですかね。」


薔薇の香りがする白い紙には街の中心部の地図が描かれており、ここに来てね♪と骸を導く赤い矢印も描き込まれていて、矢印が指す目的地のすぐ側には待ち合わせの時間が丁寧な字で添えられていた。骸は白蘭からの招待状を握り締めたまま、時計を確認した。指定された時間まではまだ余裕がある。遅れることがなければ白蘭が機嫌を損ねることはないだろう。


「今日は、あなたとの約束の日ですからね。」


そういえば付き合ったばかりの頃にもこんな風に朝起きたら枕元に花が置いてあったことがあった。あの時は地図はなかったが、花を持ってリビングに向かったら眩しい笑顔に迎えられて、1ヶ月記念だよと指輪を贈られた。骸は朝っぱらから何をやっているのだと呆れそうになったが、好きで好きでどうしようもないんだと真っすぐな想いを乗せた幸せそうな顔を向けられてしまえば、腕の中で頷くしかなかった。


「こういうことが好きなんですよね、あなたという人は。」


とりあえずまずはシャワーでも浴びようと浴室へ向かう骸の口元には知らず小さな笑みが浮かんでいた。





六道骸様でございますね、ようこそお待ちしておりました。教育の行き届いた若いウェイターに案内されて、骸は予約客専用の個室へと通された。まだ午後の時間ではあるが、今日がバレンタインデーであるからだろうか、既に若い男女でテーブル席は埋まっており、彼らの楽しそうな談笑が耳に届いた。だが個室のテーブル席に座ってしまえば、ホールの喧騒から離れた静かで穏やかな空間が広がっていた。やはり恋人にそれなりの地位と名誉があると、こういう時に満足感が大きくなる。けれども骸はそれが理由で白蘭と付き合っている訳ではない。彼の傍らは安心するのだ。彼に愛されることが心地良いから、骸は白蘭と共に歩むと決めたのだった。


「このような場所で、1人待たされるというのは少しだけ落ち着きませんね。」


白蘭とデートを重ねている骸にとってこのような場所は何も初めてではないので緊張することはなかったが、白蘭はいつ来るのだろうかという期待のようなどこかそわそわとした気持ちがない訳でもなかった。地図を片手に歩いている途中で気が付き、店の外観を見て確信したのだが、骸が今居るその場所は白蘭との一番最初のデートの時にディナーを楽しんだ高級レストランだった。初めてこのレストランを訪れたのは、街の灯りが眩しいまでに煌めく時間だった。自分とそう背丈の変わらない白蘭が予想外の食欲旺盛さを見せてくれたおかげで、初めての2人きりのデートで少しだけ強張っていた心が解れて、最後まで楽しい時間を過ごすことができたのだ。一番最初の2人の思い出に懐かしさを覚えていると、突然背後から伸びてきた腕が骸の両肩に回された。


「むっくろくーん♪」

「――っ、気配を殺していきなりとは…驚かせないで下さい。」

「ははっ、ごめんごめん。やっぱりびっくりしちゃった?」


でも、ちゃんと来てくれて嬉しいよ。白蘭は骸の頬を慈しむようにそっと撫でてから、向かい側に用意されていた席へと座った。新しく新調したのか、コートを脱いだ白蘭は仕事用と同じ色の白いスーツ姿であったが、幾分華やいだデザインの物を着ていた。素直に認めるのが悔しいような気持ちになるので口にしたことはないが、はっきり言って白蘭は絵になる男なのだ。整った顔立ちに洗練された立ち居振る舞い、柔らかな物腰は多くの人を惹き付ける。そんな彼が愛しているよと骸にだけ幸せそうにふにゃりと笑ってくれるのだ。真っすぐな気持ちを向けてくれる相手は自分だけなのだと思うと、堪らない気持ちになる。ああ今日も見惚れてしまわないようにしなければと思うのに、骸は目の前の恋人から視線を外すことができなかった。


「このお店、久しぶりに来たけど覚えてる?」

「ええ、覚えていますよ。」

「僕と骸君の初デートのディナーはここで食べたんだよね!」

「そんなこともありましたよね。」

「ディナーは勿論なんだけど、ここね、ランチも美味しいんだよ♪」


だから今日のデートはランチを楽しむとこから始めようね、と白蘭は微笑みを浮かべた。そして僕のオススメでもいいかなと楽しそうに尋ねてきたので、骸もフッと笑んで、あなたにお任せしますよと頷いた。それからしばらくしてランチというには豪華ではないかと思うくらいの料理が運ばれて来た。


「ディナーも素晴らしかったですが、このランチもまた…」

「ふふ、ほんと美味しそうだよね!」


ローストビーフのカルパッチョの盛り合わせ 、菜園風サラダ、ナスとチェリートマトのバルサミコ酢煮、マグロカマの香草焼き、アマトリチャーナ、青じそと小えびの和風ソース仕立て、鶏もも肉のソテーケッカーソースがランチのコースメニューだった。食後のドルチェは数種類の中から好きな物を選ぶことができたので、骸はガトーショコラを選んだ。料理はどれも申し分のない味で、どこからか美しく繊細なヴァイオリンの音色も響いてきて、本当に素敵な時間を過ごしているとしか言いようがなかった。骸が最後のガトーショコラを味わっていると、美味しそうにティラミスを食べていた白蘭と目が合った。藤色の瞳がゆっくりと細められ、次いで伸ばされた手が骸の髪に触れた。


「骸君、幸せ?」

「…っ、そうですね、あなたの言う通り…幸せな気分ですよ。」


それは良かったと綺麗に笑う白蘭の方が何倍も幸せそうで、胸が甘く疼いてどうしようもなかった。





豪華なランチを楽しんだ後に連れて来られたのは、商業施設内に併設されているプラネタリウムだった。そういうばこのプラネタリウムは2回目のデートの時に一緒に楽しんだのだったと、骸は白蘭と共に座席に座りながら心の中で思い出していた。暗いから周りにバレないし、とにかく君に触れたいからと白蘭は頭上に輝く綺麗な人工の星そっちのけで骸の手を掴んでそっと包み込むように握り締めたのだ。あの時、骸は離しなさいと白蘭をたしなめようとした。だが、いつも余裕を見せる彼の手が驚くほど熱くなっていて、その体温の変化にこの男も緊張することがあるのだなと可愛く思えたことは今でもちゃんと覚えている。


「本物の星みたいに綺麗だね、やっぱり。」

「ええ、僕もそう思いますよ。」


今日の白蘭はきちんとプラネタリウムを楽しむつもりのようで、暗闇の中で満足げに笑う気配がした。2人の頭上には冬の星空が広がっており、骸も白蘭と同じように目の前の輝きに心を震わせた。静かな音楽と冬の星々の説明に耳を傾けながら、骸は愛しい存在の傍らで穏やかな時間を過ごした。


それからプラネタリウムの上映が終わって最後の客も居なくなってしまうと、白蘭は骸の手を取って出入り口近くのベンチに座るように促した。そしてふわふわという言葉がぴったりな柔らかな笑顔を浮かべて、骸の手のひらの上に小さなダイヤモンドが揺れるネックレスを置いた。


「これさ、星の欠片みたいに綺麗でしょ?」

「白蘭…」

「大事にしてくれると嬉しいな。」


恋人の心遣いはいつも骸に幸福をくれる。君が大好きだよと全身で伝えてくる白蘭を見ていると、骸は彼の愛情に嬉しさが込み上げて、ほんの少しだけ泣きそうな気分になった。


「…それならば、今ここでつけてくれませんか?……その方が、嬉しいです。」

「うん!」


骸は座ったまま白蘭に背を向けると、首元を隠している後ろの髪をそっと持ち上げた。俯き加減で静かに待っていると、それからすぐに白蘭が側に来る気配がして、金属の冷たい感触と彼の細い指がそっと骸の首筋を滑っていった。骸君のうなじたまんない白くて綺麗とはしゃぐ白蘭を注意しようとしたが、今日は別に許してあげようと骸は黙ったまま彼の好きにさせてやった。


「うわぁ、すっごく似合ってる!綺麗だよ、骸クン♪」

「ありがとうございます。大切にしますから。」


その言葉が聞けて嬉しいよと白蘭は上機嫌な表情で頷いた。骸も静かに微笑んで、もう一度白蘭に感謝を伝えた。胸元で小さな星の欠片が輝く度に今日のことを思い出しては幸せに浸ることができるのだろう。骸の心は温かな気持ちで満たされたのだった。




2人で星を楽しんだ後に外に出てみると、周囲はうっすらと薄暗くなっており、既に夜の帳が降りていた。寒いけどちょっとこのまま歩いてもいいかなと白蘭に乞われたので、骸は彼と共に石畳の道を歩いた。夜になっても人通りが絶えず賑わいを見せる街の中を歩いていたのだが、白蘭が不意に立ち止まった。


「白蘭?」

「骸君、悪いんだけどちょっと先に行っててもらえるかな?あそこの橋で待ってて。」


白蘭が真っすぐに指を伸ばして指し示す先には街の中心部を流れる運河に架かる石橋が見えた。彼はきっと最後まで自分を楽しませてくれるのだろう。心がくすぐられるような感覚を覚えながら、骸は分かりましたと首を縦に振った。そして、待ちくたびれて僕が帰ってしまわないように早く来て下さいよ、と少しだけ恋人を煽ってから橋へと続く道を歩いた。


腕時計は確認していないが、15分も経っていないだろう。それほど待つこともなく背後から自分の名前を呼ぶ声がして、骸はゆっくりと後ろを振り返った。そこには愛しい人が綺麗な笑みを浮かべて立っていて、赤い薔薇の花を大切そうにその手に持っていた。


「これを君に贈るよ。」


橋の上ではたくさんの人とすれ違うというのに、まるで自分達2人だけの世界のように感じられた。骸は白蘭から薔薇を受け取ると、紫水晶の瞳を見つめ返した。


「付き合ったばかりの頃の気持ちを思い出してもらって、君にときめきをあげたかったんだ。」

「白…蘭…」

「本来のバレンタインデーってこうだよ?愛してる人に想いを込めて花を贈る。骸君にさ、僕、こんなにも白蘭に愛されてるんですね、っていう気分を味わって欲しかったんだ。だから、今年は僕が頑張ろうかなって。」

「白蘭…」


ふふ、どうだった?僕のお姫様。幸せな気分になってくれた?白蘭が嬉しそうな声で骸の顔を覗き込むように距離を詰めた。だが、骸は彼に答える代わりに橋の欄干に近付くと、その上に両腕を乗せて体を預け、きらびやかな街の灯りに視線を向けた。


「夜景、綺麗ですね。」

「うん、キラキラしてるね。」


白蘭も骸と同じように石橋の欄干に腕を乗せて眼前に臨む淡い光を見つめていたが、骸を少しでも寒さから守ろうとするようにその身を寄せてきた。どこまでも恋人思いな彼が愛おしくて、骸はふふっと笑うと、首を傾けて自分から白蘭に口付けた。突然の口付けに驚いて赤くなる彼に愛しさは増すばかりだった。


「僕とのキスは、甘いでしょう?」

「…っ、甘いよ。目眩がするくらいに甘くてどうにかなりそうだよ。」

「…では、バレンタインのチョコレートの代わりにしてもらいましょうかね。」


チョコレートは買っていませんでしたし、そしてそれだけでなく今日のあなたへの深い感謝も込めて。骸は花が咲いたような微笑みを白蘭に向けると、もう一度愛しい人に唇を寄せた。






END






あとがき
バレンタインデーに白骸の2人にこんなデートをしてもらいたいなという妄想です(*´ω`*)実際の2人は普段どんなデートするのか気になりますねvあとは気障な白蘭が書きたかったので、少しでも格好良くイケメンに見えていればいいなと。でも最後の、人目を気にしない骸の方がある意味格好良いかもですが^^


白蘭は骸にいつでもときめきを忘れないでいてもらいたい、自分にこれだけ愛されてるんだよと改めて感じてもらいたくて骸からのチョコレートよりもタイトル通りのフラワーバレンタインにした訳です。外国では一般的ですよね。とりあえず白骸のらぶらぶな感じを楽しんでいただければ嬉しいです!


読んで下さいましてありがとうございました。

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