09
「何を泣かせてる」
愛姫の様子が気になって仕事も手につかず、仕方なく田中に押しつけて、その足で高速ぶっ飛ばして来てみれば、やっと見つけたその元凶はぴいぴい泣いていやがった。
「……! ハル!」
俺を見つけて驚きの声をあげた愛姫の声に反応して、その前に立っている男が振り返り、誰だと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
「人のもんに何してんだテメェ」
男のネクタイを掴んで引き寄せると、愛姫が立ち上がりやめてと俺の腕を取る。
「聞こえねぇ」
「ハル! 違うから!」
泣きはらした目をして何言ってんだ。ふざけるな、そんな顔をさせているのはこいつだろう。
「森下、この失礼な人って彼氏?」
「え、あ……うん……ハル! 駄目!」
ぶん殴ってやろうと腕を振り上げると、こともあろうにこの馬鹿は、男の前に立ちはだかった。
「どけ」
「だって……」
どうして俺が、そんな恨めしそうな目で見られんだよ。
「お願いだからお話聞いて」
「……」
愛姫を突き飛ばすことなどできるわけもなく、ジッと見据えるその視線に負けて、振り上げた腕を下ろし、ネクタイからも手を引く。
「良かった……ハル、この人は同級生の高橋くん」
無愛想に目線だけを向けて、襟元を正しながら、どーもと言う高橋に心底腹がたつ。
「ごめんね? 大丈夫?」
「うん」
……いらいらする。愛姫に笑顔を向けるこの男も、そんな奴の様子を気にしている愛姫にも。
「おい、てめぇ愛姫に何した」
「別に何も」
「いい度胸だな」
あれだけの涙を流させておいて、そんな言い分が通ると思うなよ。
「おとなげないんじゃないの?」
「あ……?」
「理由も聞かずに手を出そうとするなんて」
「……こいつを泣かしていいのは俺だけなんだよ」
どんな理由があるにせよ、俺の目の届かねぇところで、他の男から泣かされているなんて許せねぇんだよ。
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