05
その時、かちゃりと音がして、後ろにある扉が開いた。
振り向いた田中さんが万歳をするように両手を頭上に上げて、押し当てられていたティッシュが落ちた。
「うっわ……タイミング悪いなオイ……」
ノブを掴んだまま、息を弾ませてハルが立っている。
「ハル!」
ふらふら不安定な足取りでこっちに向かってくるハルを支えに、急いで側に行った。けれど、すぐに伸ばした手は、呆気なく振り払われてしまった。
「自分で動ける」
「ハル!」
「うるせぇな、でけぇ声出すな……」
「ちゃんと寝てなくちゃ! お水? お薬? お腹空いた?」
「何もいらねぇから喚くな、頭に響く」
「……あ、ごめんなさい……」
睨まれてしまい、振り払われてしまった手で、思わず自分の口を塞いだ。
ハルの目が定まっていないように見えるのは、熱のせいで潤んでいるからなのかもしれない。
「で? お前はいつまで居座るつもりだ」
「少しは労え。すっげぇ苦労したんだ」
「頼んでねぇけどな」
「たった数歩の移動で息切れするほど弱ってんのに、こんな時までよくそんな憎まれ口たたけるよな」
「……二度と触れるなと言ったはずだ」
「あー……不可抗力ってやつだ、これは」
「殺すぞ」
「ハル! 田中さんが連れて帰ってくれて、着替えも手伝ってくれたんだから! ちゃんとお礼言わなくちゃ駄目!」
「……頼んでねぇ」
「ハル!」
「うるせ……」
少し離れた場所から、辛そうな息づかいで喋ってるハルの目が、不機嫌に吊り上がる。その視線が向けられている田中さんが、ふうっと息を吐き出して、はいはいとうんざりしたような声を洩らした。
「愛姫ちゃん、これだけ文句が出るなら大丈夫だよ」
そう言ってにっこり笑って立ち上がり、そのまま玄関の方へ向かった。
入れ替わりでソファにハルが座ったのを確認して、田中さんの背中を追った。
「ごめんなさい。ハルがあんなこと……」
「あー、いいよいいよ。いつものことだ」
「でも……!」
「それより見た? さっきの顔。あれな、嫉妬してんだよ、俺に」
「嫉妬? え?」
「愛姫ちゃんてマジ凄いね」
「あ、え?」
「いやぁ、偉大だわ、君は。いつか表彰してあげるよ!」
ハルの暴言に怒ったんじゃないかとびくびくしていたけど、田中さんは、ひどく嬉しそうに笑っていた。
何を言っているのかよく分からずに戸惑っているあたしの頭を撫でて、にこにこしたまま玄関のドアを開けた。
あ、さっきの写メっとくべきだったな、と呟くと、じゃあおやすみ、と言って出て行った。
「あ、ありがとうございました!」
閉まりかけたドアに体を滑り込ませて、慌ててお礼を言って頭を下げた。
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