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「……で?」
「この子が頑張るのは、いつだって田辺さんの為なんです」
「大袈裟だ」
「大袈裟じゃなくて! 可愛くなりたいのも、仕事ができるようになりたいのも、料理を練習してるのも全部……!」
「よく回る口だな」
「……すみません。でも……泣くんです。愛姫が泣くのは……」

どんな表情をしているのかは見ねぇから知らねぇが、訴えてくる声は、怯えながらも芯の通ったものだ。

「偉そうに文句を言った奴はお前で二人目だ、今日は」
「え?」
「いや、こっちの話だ」

全く困りものだ。いくら頑張っていようと、仕事内容で社内の株を上げようと、意味がない。隣で愛姫の現状を嘆く女の口振りだと、俺の前でもよく泣くが、それ以上に涙を流すことがあるということか。
予想外というほどのことでもないが、仕事でも、そう関わりもないような人間から指摘されると、妙に腹の奥にくる。
同期だということもあり、研修中から愛姫がこの女と仲が良いってことは知っていたし、隠してはいたが、部署外のこいつに俺達の関係を話していることも知っていた。
愛姫を誘いに来る度に俺の顔色を伺い見るような女が、こうもはっきりと意見するってことは、それだけ愛姫が追い詰められているということだ。
で、その原因が俺だと言う大沢が顔を歪める。
もっとも……お前なんかに言われずとも、誰の為に頑張るかなんてのは、知れていた事実だがな。

「分かった、もういい。……とにかく愛姫は連れて帰る。お前も一緒に帰るなら送ってやるが」
「いえ、もう少し飲んで帰ります」
「一人で大丈夫か?」
「はい」
「飲み過ぎるなよ」
「はい。……あの、申し訳ありませんでした。……余計なことを言いました」

立ち上がった俺を見上げた大沢が、深々と頭を下げた。

「……こいつは俺にはあまり愚痴を言わねぇからな。悪いがたまに話を聞いてやってくれるか」
「喜んで」
「悪かったな。愛姫のことは心配するな、何とかする」

カウンターに金を置き、愛姫を担ぎ上げる。
お疲れさまでした、と言う大沢の声を背中で聞いて、店を出た。




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