首吊り死体はよく喋る
今日もいつもとなんの変哲もなく、いつも通りに任務をこなして、会社に戻る予定、だったのだが、なんとも奇妙なことに、もう機能するはずのない肉の塊が僕に話しかけてきた。
「やあ、はじめまして殺人鬼さん」
僕は表向きはただの会社で本当は殺し屋専門の会社という(僕にとったら)素晴らしい所に勤めている。
そんな僕はさっきまで依頼者の要望通りに首吊り自殺に見せかけて男を殺してくれという任務をこなしたわけだが、その殺したはずの男が笑顔で僕に話しかけてきた。
なんとも奇妙な。
「どうも、はじめまして」
「あれ、驚かないの?死体が喋ってるんだよ」
「職業柄、驚いてるんですけど、顔に出さないみたいで」
「ふうん、つまらないの」
首だけで空中に吊されている体から嫌な雰囲気を出しているのに、男の声色は楽しげで、青白い顔や垂れ流しの排泄物とはミスマッチすぎて、不気味。
さすがの僕でも引いてしまうぐらいにだ。
あと数分後に、証拠隠滅などの作業をするために、先輩のカリナさんが来る予定だ。
早く来ないかなあ。
この状況には長く耐えられそうにないや。
「ねえ、殺人鬼さん」
「なんですか」
「お名前はなんて言うんですか?」
「シュン・バーです」
「ふうん。じゃあ、私を殺すよう依頼した人の名前は?」
「企業秘密なのでお答えできません」
「つまんないなあ、もう死んでるんだから、よくありません?」
「よくないです」
えらく喋るな、この男は。
僕がこの部屋に押し入った時は、恐怖のせいか、ブルブルと震え、悲鳴さえも上げられないまま死んでいったと言うのに、死んでからはよく喋る喋る。変な人だ。
「貴方、本当に死んでるのですか」
「殺人鬼さん、貴方が私を殺したのだから一番知っているでしょうに。それにこの青白い肌と漏らした排泄物で分かるでしょう?」
「一瞬で力んで漏らしたんじゃないですか?」
「…何、馬鹿なことを言ってるんですか?そんな一瞬で出来ないですよ」
「ですよね、気が動転して思考回路が回らないんです」
これはもう耐えられない。首吊り男にバレないように携帯を取り出し、カリナさんに早く任せようとした時、バキッと手の中にある携帯が真っ二つに折れた。
「駄目じゃないですか。私は貴方とだけお話したかったのに、誰か呼ぼうとして」
ガラスに反射して、目をカッと開いている僕と目が合う。さすがの僕も顔に出たみたいだ。
これはヤバい。なにがなんて聞かないで頂きたい。
お気に入りの短剣を手に取り、彼との距離を一気に縮める。
めんどくさいが、あとで新しい死体をこの男とチェンジしよう(それをするのはカリナさんなのだが)。
今は自分の身が大事だ。
短剣と男の距離があともう1センチもないという時、三日月のように口を開けて笑ったこの男は、「ばいばい、シュンさん」と呟いた。
その瞬間、バチッと体に電流が流れたような痛みが襲ってきて、僕は気を失った。
「おーい、シュンちゃん。今すぐ起きないとチューしちゃうぞ」
「おはようございます」
「チッ、起きやがったか」
おいおい、と思いながら痛む体にムチを打ちながら立ち上がる。あー、頭痛い。
「にしても、こんな臭い所でよく寝れるわね」
「気絶してたんです」
「なんで?」
不思議そうな顔をしているカリナさんに僕は死体を指しながら、「危険だから気を付けてください」と注意する。
「この死体がなにが危険なのよ」
「はい…?」
ばっと、死体の方に振り向くと意外とその距離はあり、さっきまで手に取っていた短剣はベルトに挟まっていたままだった。
「にしても可哀想な男よねー。義理の父親に殺害依頼されるとは。あまりのストレスで声もだせなくなってたそうよ」
そこまで義理とはいえ、恨まれるなんて理不尽だわと、両手を挙げながらふざけたポーズをするカリナさんを凝視する。
今、なんて。
「なに、じーっと見て。私の美貌に見惚れた?」
「んなわけないでしょう」
「…失礼な奴」
もう知らなーい、と言って作業に取りかかるカリナさんを見て、さっきのは夢か、と思った。
まず、死体が喋るというおかしなことが現実にあり得るわけないのだ。
早く帰ろう、そう思って玄関へと一歩、足を踏み出した時、バキッという音が僕の足元でした。
まさか。
恐る恐る足元を上げると、あるはずのない壊れた携帯があったのだ。
「どしたの、シュン。顔を真っ青にして。さっき嫌な夢でも見たの?」
「…いえ」
夢ならよかったんですけど、ね。
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