. 静けさに押し潰されそうになることがある。 ハ ン モ ン カランコロン。 ドアを開くと、お決まりの鐘が鳴る。 それと同時に店主も顔を上げて、お決まりの一言を言った。 「いらっしゃいませ」 乱暴に椅子にかけながら、 「ブラック」 と、一言呟く。 「はいはい」 ニコニコと笑いながらそう言った店主…いや、管理人に腹立ちながらコーヒーを待つ。 やっと来たかと思えば、甘ったるい臭いがする白濁したコーヒーが出てきた。 「カイさん」 「はい?ご不満でも」 「あるね。毎回毎回、なんでこれなんさ。ブラックっつったでしょ」 「またまたー」 「なにが、またまただ」 「だって悠菜ちゃん、ブラック飲みたい訳じゃないでしょ」 飲みたいよ。そう言おうとした口にカップを近付けながらカイさんを睨む。 なんかいつもと違う。 「今日はメイプルシロップ入れてみたの。どう?」 満面の笑みでそう言う彼に、うまいとボソッと呟いた。 憎いが、うまいのは仕方がない。 夏休み前の話。 ある日、母親から電話がかかってきた。定期的にメールは来ていたが、電話は初めてだった。 「悠菜ちゃん。ママ、寂しいよ、帰ってきなさいよ、夏休みでしょう?」 どぎまぎしながら通話ボタン押した私はガッカリした。 はあ?なにそれ。 「や」 「悠菜ちゃん!パパはもうあの事は怒ってないし、ママだって怒ってないわ!」 そう言う母の聞こえる声の後ろからは、癇癪…父が暴れてる物音と「この馬鹿娘があー!」という叫び声が聞こえてきた。 なあにが、許しただ。 それに許されたからといって、帰りたい家ではない。 啜り泣く母に、「感謝はしてるけど、帰らないから」と、言い切り、電源ボタンを押した。 東雲荘に来ての始めての長期の休み。友達と遊ぶのも楽しみだったが、やっぱり東雲荘の住民と馬鹿やるのが楽しみで仕方なかった。 家に帰らない理由はそれという訳ではなかったが、幾分、こんな刺激のある生活を送ったことない私にとったら、小学生が明日の遠足が楽しみで寝れないなんて、そんなものではなかった。 でも、やっぱりというかなんというか。私の描いてた騒がしい東雲荘はシーンと静まり返り、ほとんどは実家に帰って行った。 一人だと、この空間に押し潰されそうになる。 例えば、胸が苦しくなったり、怒りが芽生えたり、罪悪感に覆われて泣きそうになったりする。 いっそのこと死んだら?なんても思うけど、そんな死ぬほど辛いわけじゃない。 ただ、寂しいだけ。 ここに来て、人と絡まないと辛くなってきた。前なら二次元がごまかしてくれたけど、ダメだ。 現実がぬるま湯のように暖かくて、二次元じゃ変わりが効かなくなってきた。 そんな夏休みから約半年以上も過ぎた。 短い冬休みを過ぎて、バレンタインという行事も終わり、あっという間に春休みになった。 高校生の春休みは長い。テスト休みなどと言う要らない休日があるからだ。 長期の休みになると憂鬱になる。 母からの電話に、静かな東雲荘。すると、友人との遊びもなにか足らない気がして、楽しくない。 ああ――。 こんな自分が嫌で堪らない。 「ああ、そういえば」 「へ?」 沈黙が続いた空間にカイさんの言葉が響く。 そんなカイさんに少し目を細めながらコーヒーを口にしながら次の言葉を待つ。 「うん、みんな帰っちゃうね」 「あっそう」 なにも気に留めてないかのように振る舞う。 悟られたくない。 惨めになる。 「あっそう。それだけ?」 「それだけ」 「ふーん」 再び訪れる静寂に少し気まずくなる。 なんだ、この空気は。 そんな事に気付いたかどうか分からないが、カイさんは私にどこからか出したクッキーを差し出して、それに手をかざし、 「あんじゃだらまほぺっ!」 と、急に不思議な言葉を発した。 「はあ?」 「僕、魔法使いなんだ」 「何、言って…」 「だから、悠菜ちゃんが寂しがりやな事は知ってます」 急な告白に驚き、目を開く。 「ちょ、カイさん…」 「あれ、驚いた?ごめんね。でも、悠菜ちゃん、毎回ここに来てもなんにも言わないんだもん。まだ君は子供なんだから」 ポン、とカイさんの手が頭に乗る。 「我慢しないで」 その言葉に胸が苦しくなった。 「ああ、でもみんなには言ってないから安心して?」 満面の笑顔でそう言ったカイさんに謎が深まる。 なんなんだこの人は。 「カイさん、本当にわっけわかんない」 「悠菜ちゃんもわっけわかんないよ」 そう言うカイさんにクスッと笑い、クッキーを口にする。 うん、旨い。 「じゃあ、行ってくるよ」 「皆さん、また一ヶ月したら帰りますね」 遊とさやかが大荷物を抱えて玄関にいた。 この二人は今日、実家に帰るらしい。 もう既に帰って行った人は何人かいて、もうこの二人が行ったら、あの静かな東雲荘になってしまう。 ガチャ、と開くドアをじっと見つめる。カイさんがそんな私の頭を撫でた。 「なに」 「寂しがり屋の悠菜ちゃんが泣かないようにと思って」 「…泣かない」 「ああ、そういえば」 外からひょこ、と二人はドアから顔を出して、私を見る。 「どしたの、二人」 「悠菜、行ってくるけど。俺らがいなくて、寂しいって泣くなよ」 「な、泣かないから!寂しくもないし!」 「ちなみにカイさん情報です」 さやかの言葉に硬直する。 おいおい、みんなには言ってないんじゃないですか? バタン、とドアが閉まった音が玄関に響き、その後には「ぎゃあっ!」という悲鳴が東雲荘に響き渡った。 うさぎちゃんの逆襲(カイさんの嘘つき、ばーかばーか!) (だからって、手を噛むなんてひどいじゃないか!) [次へ#] |