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愛執染着Rhapsody
三十六計逃げるに如かず


「野垣っ!……どういう事?しばらく会えないって…っ」


騒がしい学食の中でも一際よく通る美声を響かせて、直人が足早に向かってくる。
後ろに友人を連れて。

かたや食事を取っていた薫は今にも逃げ出しそうな勢いだ。


「…薫、お前何言ったの」


向かいに座る海里が驚いた様子で聞いてくる。
そんな彼も薫と一緒に移動しようとしているあたり、付き合いがいいというべきか。


「言ってないっ!………ただ、しばらく忙しくなるから…ってメールは、した、けど」

「言ってんじゃん」


もごもご答える薫に突っ込んでいる間に、直人ご一行が来てしまった。
はっとする薫の腕を、直人ががしっと掴む。


「…説明して。納得いかない」


きっと薫が答えるまでは離さないつもりなのだろう。

中腰の薫の横に座り、その勢いで薫もそのままストンと座ってしまった。
しかも、直人が薫の両手を取って向かい合うような形で。

そんな二人の両サイドに、直人の友人二人が何気なく座り……軽く逃げ道を塞がれたことに薫は気づいていない。


「せ、説明っていうか……えと、その……」


しどろもどろの薫は、直人の視線を受け止めることすら出来ない。
顔を紅くしてきょろきょろとまわりを見渡し、最後に海里に助けを求めた。

どうやら薫は、意識するとその相手と全く話せなくなってしまう、そんなタイプらしかった。


「……俺の課題が終わらなくてさ。ちょっと薫に手伝って貰ってんの」


思いがけず自分に集まった四人の視線に、海里は諦めにも似た思いを抱いて、大きく息を吐いた。

当たり障りのない無難な理由を説明しておく。

課題は確かに出されていた。
…優にひとりでも大丈夫なぐらいの量だが。
まぁ、嘘にしないためにも手伝って貰えば良い。

そう思いながら席を立ち、向かいに囲われている薫に近づく。


「課題やなんて…言ってくれれば手伝ぅたのに。何やったら今からでもええよ」

「いらない。学部の違う奴よりも、薫の方が断然いいし」


にこにこと軽い調子で声をかけてくる……確か屋敷とかいったか…彼に断りを入れて、その勢いのまま薫を立ち上がらせた。

ほっとした表情を浮かべた幼なじみとは反対に、海里は内心嫌な予感で一杯だった。
精一杯の無表情を装ったものの、それが上手くいっているのかは怪しいところだ。

直人はどうだかわからないが、特に先ほどの屋敷。
絶対に奴は気付いている。
表情を全く変えない、眼鏡の奴だって怪しい。





薫を連れて学食を出ながら、さて何日逃げきれるかなぁ…まぁ結局は当人同士の問題だしな、と海里は考えを放棄した。





2011.2.27〜4.4 拍手小話
加筆・修正してあります。



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