愛執染着Rhapsody
気付いたのはきっと大切なこと
「野垣」
「あ、ごめん川口くん。ちょっと待っててくれる?」
「分かった」
講義が終わると、待ち合わせたかのように直人が現れる。
それが薫を迎えに来たのだというのは最近では誰もが知っていることで、今では騒然とすることも少なくなった。
それでも、一部で未だにざわつくのは仕方のないことだった。
「今日は時間大丈夫?」
「あ、うん」
「良かった。実は映画のチケットが手に入ったんだ」
少しほっとしたような笑顔付きで見せられたのは、先日公開されたばかりの話題作だった。
薫がみたいと思っていた、ファンタジーもの。
「こういうの、好きだろ?」
言ったことは無いはずなのに。
どうして分かったんだろう。
驚いて思わず見上げると、直人と目が合った。
「どうして…」
穏やかに笑った彼は、薫が何を言いたいのかきっと気がついている。
けれども理由を教えてくれはしなかった。
そういえばこの間もそうだった。
駅前に新しいスイーツのお店ができたらしいといって連れて行ってくれた。
甘いものが好きな薫は嬉しかったが、女の子ばかりの中しかも相手はモデルばりの美形ときたものだから、目立って仕方なかったけれど。
憧れ、羨望、嫉妬、好奇――。
色んな感情のこもった視線を向けられて、食べていたケーキの味があまりわからなかったのはここだけの話だ。
だからといっては何だが、直人がずっとブラックコーヒーだけを飲んでいるのも気がつかなかった。
実は甘いものが苦手なんだと知ったのは、店を出てからだ。
何度も謝ったが、彼は気にするなと笑うばかりだったけれど。
「野垣が幸せそうに食べてるのを見るのは楽しかったから」と何とも恥ずかしい事を言われて。
それ以上は何も言えなくなってしまったのを覚えている。
その時の事を思い出した薫は、恥ずかしさに襲われて下を向いた。
思えばいつも。
彼はすごく優しくて、薫の事を優先してくれている気がする。
そう思った途端、心臓が音を立てて跳ねた。
自分でも分かるくらいに顔が熱くなる。
しばらくは、その顔をあげることなんて出来なかった。
2010.12.8〜2011.1.8 拍手小話
加筆・修正してあります。
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