Short story
自転車
下校時の自転車小屋。
今日は家で何しようかな…とか考えてた矢先のこと。
「…電車、一時間おくれだってさぁ」
大して困ってもいない様子で、話し掛けられた。
…いや、大きな独り言か?って思うぐらいだったけど。
カレンダー上では夏も終わったっていうのに、まだまだ暑い日が続いてる。
「乗せて帰れ…って?」
「あたりー。駅で待ってたら溶けちゃうもん、俺」
にこりと悪戯っぽい笑みを浮かべて。
確かに、待合室も無いあの駅で電車を待つのは、自殺行為に近いのかもしれない。
そう思うことにして、自転車の鍵を外した。
カゴに鞄を突っ込んで、サドルに跨る。
どうせ『おまえの方がタッパあるんだし、体力あるだろー?』とか言って後ろに座るに決まってる。
「…しっかり捕まってて」
こう言うのが精一杯で。
「さんきゅ。たすかるー」
俺が断らないって知ってるんだ。
図々しく、カゴに荷物を入れながらぱあっと明るく笑う彼を、まぶしい、なんて思ってしまった。
それが何故か無性に悔しくて、漕ぎ出しは少しだけ乱暴になってしまったかもしれない。
「−−ぅわっ!あっぶな!!」
焦った声が後ろから聞こえて、ざまぁみろとほくそ笑んだものの。
次の瞬間、背中に熱を感じて、心臓がどくりと音をたてる。
「おまえ、俺落とす気ー?」
「……まさか」
半ば叫ぶような問いかけに、呟くように答えた。
俺がそんな事するはずないって、知ってて聞いてくるんだから憎らしいったらない。
「風がこないー!あーつーいー!」
人に漕がせておいて、なんて言い草なんだろう。
確かに俺が風を遮ってるんだろうけど、漕ぎ続けてる俺だって結構汗だくだ。
正直、当たる風だって生温いのに。
「じゃあ、少し離れればいいだろ」
本当はそうして欲しくないくせに、俺はとことん素直じゃない。
そんな事を考えて、ため息をつきそうになる。
けれど、思いがけず、自分の腰にまわされた腕にぎゅっと力が入って、不覚にも体がぴくりと反応してしまった。
触れた部分が熱を持っているようにさえ感じて落ち着かない。
周りの景色は流れるように動いているのに、音も時間もすべてが無くなってしまったかのようで。
ここには二人しかいないような、そんな感覚。
「……そんなの、無理だろ…」
不思議と、本当だったら聞こえないはずの呟きも聞こえてきて、俺の心臓がまた早鐘を打つ。
触れている所から伝わってしまわないか、少しだけ心配になりながら。
何も聞こえなかったふりをして自転車を漕ぎ続けた。
どうやら、まわされている腕を離す気は無いらしいから。
せめて君の家につくまでは。
今度は、ゆっくりと。
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