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Short story
借り物競争


パアンッッッ……とスタートの合図とともに一斉に走り出す。

今日は快晴。
絶好の体育祭日和だな。











今走っているのは、クラスメイトの志摩だ。
学校内でも有名な、一匹狼。
不良ではないと思うんだけど噂ばっかりが先行しててよくわからない、というのが正直なところだな。
背も高くて顔も整ってるから女子からはきゃあきゃあ言われてるんだぜ、うらやましい。
でもまぁ口数が少なくて群れないだけでこうして体育祭に参加してるくらいだし、悪い奴じゃないって俺達クラスメイトは思ってる。

……と、そんな志摩は途中で紙を選んで開いて。

あ、そうそう、今これ借り物競争だから。
何のひねりもないやつ。
中にはこういうのがあってもいいだろ。

あ、こっちきた。
さてさてなんて書いてあったのかな。

紙を持った志摩はあまり迷うことなくウチのクラスメイトの一人に声をかけた。
本人・横井はびっくりしてるみたいだな。


「……え、でも僕、これがないと何も見えない……」

「じゃあ座ってろ」

「え、えー…………うん……」


あぁ、『眼鏡』なんだってことは分かったけど、まるでカツアゲ。

クラスの中でも大人しいほうの部類に入る横井は、躊躇しながら結局眼鏡を外して渡してた。
そういや、他にも眼鏡かけてる奴はいたはずだけど……今日は体育祭だからコンタクトにしてるのかな。
災難だったな横井、でもこれもクラスの優勝の為だぞ。

そうこうしてるうちに、志摩はまた競技へと戻っていった。


「本当に見えないのか?」

「……? あ、うん。……なんとなくぼんやりとしか」

「へぇー、大変だな」

「まぁね」


横井に話しかけてみると、本当に見えないらしく最初は誰だか分からなかったみたいだけど……どうやら声と形でなんとか判断してるらしい。
難儀だな。
そう言うと、困ったように笑ってたけど。


「お、おー! 志摩一位じゃん !!」

「え、そうなの !? うぅー、見えない……」


さっさと走っていった志摩は、そのまま見事に一位でゴール。
大歓声の中こっちに戻ってきた。

おめでとー、とか、やったな、とかお祝いの言葉も軽く流して、横井に向かってくる。
そりゃそうか、眼鏡……。


「横井」

「……あ、志摩くん? 一位、おめでとう……?」

「あぁ。助かった、ありがとう」

「良かったよ、役に立てて」


にこにこ笑いながら、眼鏡返して、と手を出す横井。

今回の功績には横井も関わってるな、なんて俺もなんだか嬉しくなりながらそれを見てた。
なのに。


「本当に見えないのか?」

「……え、うん……基本的にはぼやけてる、けど……」

「どれくらいなら見えるんだ?」

「ある程度近く、なら……。志摩くん?」


さっさと返せばいいのに、なんか違う話をし始めて。
おいおい、横井が困ってるぞ。
早く返してやれよ。


「ふぅん。じゃぁ……これくらいか?」

「え、えっと……うん、そんなに近くなくても大体分かるから。それより」


志摩よ、そんな無表情じゃ横井がビビってるだろうが。
しかも本当に顔が近い。
それじゃ逆にぼやけるだろうに。

そんな二人のやり取りに俺以外のクラスメイトも気にし始めた。
そりゃそうだろ、なんかおかしい、特に志摩が。

そんなこんなしてるうちに、志摩が横井を抱き上げ………ってえぇ、抱き上げた!?

じたばたしてる横井の事なんてお構いなしに、横井の座ってた椅子に座る。
当然横井は志摩の膝の上なわけで。
俺達はポカーンってなるし、志摩は何事も有りませんって顔してるし、 横井はもう何がなんだかって感じだし。

や、まぁ、志摩はおっきいけどね、横井は小さめだけどね?


「し、志摩く……」

「こうしてれば俺の事は見えるわけだろ?」

「うん、でも……」

「じゃぁいいじゃん、俺のことだけ見てれば」


おお、いつになく志摩が饒舌だな……なんて感心してる場合じゃないっつーの!

結局横井はそんな志摩から逃げられずに……そのあとずっと志摩の膝の上ですごしてたわけなんだけども。





何があれって、その翌日からもずっとそんな光景が続いてたもんだから……いつの間にか志摩と横井のセットを見ても何も感じなくなって、しまいには微笑ましくなってしまうんだから、慣れって怖いよな。




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あきゅろす。
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