Short story
桜を待って
「なんでマサ兄の部屋にはコタツがないんですか」
「それはですね、勉強をしに来たはずの君が必ず寝てしまうからです、清人くん」
珍しく、はい先生、と行儀よく手を挙げて何をいうのかと思ったらこれだ。
ふざけてるとしか思えないキヨの言葉に乗ってやる。
心当たりがあるんだろう、キヨはそれ以上は何も言って来なかった。
二人向かい合ったローテーブルの上には、テキストや教科書、プリント類が散乱している。
俺達は今、生徒と家庭教師、という関係だった。
幼なじみのキヨが、俺の通う大学に進学したいと希望した頃から週に3回、月・水・金と勉強をみている。
放課後2〜3時間程、キヨが俺が一人暮らししている家に来て……という具合に。
まぁ、金曜日は次の日が休みということもあるから、お互いに用事が無ければそのまま泊まっていく事も多い。
「足冷たい……」
「ファンヒーター独占しておいて何言ってるんだか」
べったりと机に突っ伏したキヨが俺を恨めしげに見上げてくる。
体勢的に上目遣いで、全然迫力は無いけど。
そんな彼は背中から毛布を被っている。
もちろん俺のだ。
寒い寒いと俺の布団から引っ張り出してきた。
例年よりも冷え込んでいるとはいうけれどここは俺が1人で住んでる部屋だ、今だって十分暖かいと思うのだけれど。
「……休憩しようか。何飲みたい?」
「ココアでー」
きっと飽きたんだろう、気分転換にと立ち上がれば、すかさずリクエストをされて思わず苦笑する。
猫舌の彼の為にあらかじめぬるめのココアを作って渡すと、ありがとうとお礼が返ってきた。
こういうところは素直でかわいいのに。
キヨがマグカップを持ってふうふうと冷ます仕草をする。
俺がキヨに熱いのを出す訳がないと知っていながらそうするのは、単に癖なのだけれど。
「マサ兄はさ、何でも出来ちゃうんだな」
「何、急に」
ちまちまとココアを飲むキヨが突然そんなことを言うものだから、俺は危うく持っていたコーヒーを落としてしまいそうになった。
因みに俺のは熱いから、そうなったら大惨事になるのは目に見えている。
まぁ、熱いとかいうまえにシミを気にしなければならないけれど。
「だってさー、マサ兄は頭いいし運動神経いいし、家事だって一通りこなせるじゃん。それでカッコいいとかずるいよ」
「…………そんなにおだてても勉強時間は減らさないけど」
「ち、ちがうよっ」
お、焦ってる焦ってる。
普段こうやって俺を褒めることをしないから、そこを突っ込んでみるとさっと顔が赤くなった。
よく聞こえないけれど口の中でもごもごと何か呟いている。
「あぁもう、寒い!」
それは、照れ隠しなんだろうか。
頭から毛布を被りなおしたキヨをみるに、間違いないみたいだけれど。
「その毛布、足にかけたら?」
「……そんなことしたら背中が寒いもん」
「随分と我儘なことで」
ばつが悪いのかぷいっと顔を逸らされた。
―――あぁ、しかたないな。
ひとつため息をついて、キヨに近づいてべりっと毛布を引き剥がす。
「ちよっ、なにすんだよ!?」
「はいはい失礼しますよーっと」
「―――――っ」
キヨの非難めいた声も無視無視。
彼の背後に滑り込むように座って、後ろから抱き込むように彼の体に腕を回す。
もちろん、剥がした毛布は半分に折りたたんでキヨの足にかけてあげることも忘れない。
「え、何っ!?」
「こうしてれば暖かいでしょ。勉強も近くでみてあげられるし」
「へ? あ、……うーん、そうなの、か?」
「そうそう。電気のコタツなんかより人の体温の方が身体にいいって」
「んー、や、まぁ、そう言われてみれば、寒くないような……?」
あぁ、こうやって俺なんかに簡単に騙されてしまうキヨが凄く可愛い。
もぞもぞと落ち着く場所をさがして、ほぅっと息を吐くその仕草はまるで猫のようで。
「……なんか、寄りかかれるしあったかいし、気持ちいいかも」
「そのまま寝ないでよ。―――まぁ、土日の予定が無くなったから泊まっていっても良いけど」
「あ、そうなんだ。じゃあ、家に連絡しようかな……」
うっとりと呟くキヨを咎めたのは、一応彼のご両親からお願いされているっていうのもあるけど、なによりそんなことをされたら俺の忍耐が力が持たないから。
しばらくはこうして『頼れるお兄さん』でいたいと思ってるんだ、これでも。
だから君は。
俺がランクを落として入った大学が実は君が頑張って勉強すれば受かるレベルだってことや、本当はいつ君が泊まってもいいように週末は最初から予定をあけているだなんてことは、まだしばらく気がつかなくていいんだ。
だって、もう少ししてこのあたりに桜が咲き始める頃には、俺達はこの部屋て一緒に暮らすんだから。
そうしたら。
俺がどれだけ君を大事に思っているかをしっかり教えてあげる。
大丈夫、時間はたっぷりあるんだからさ。
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