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Short story
ひとくち


「ひとくちちょうだい」

「はいどーぞ」


小さい頃、それは俺達の合い言葉のようだった。

お互いの両親に、少しあげようね、とか、えらいねー、とか言われながら育った俺達にはそれが当たり前だった。


「なぁ、『ひとくち』」

「『どーぞ』」


それは大きくなった今でも変わらない。
言葉に少し、変化はあったとしても。

あろうことか体育の後の大事な水分補給に、俺のペットボトルを要求してきたり。
……渡す俺も俺だけど。

だって、殆ど条件反射に近いからさ。


「お前はいっつも俺のを取ってくよな」

「そうか?……まぁ、少しでいいからなぁ」


味見したいだけだし、なんて、さらりと返された。

そんな感じで今だって、俺の弁当をひとくちふたくち。
まぁ、言えば俺にだってちゃんとくれるんだけどさ。


「お前なら『ひとくちあげたい』っていう女子が沢山いそうなのに」


黙ってても選り取り見取りだろうよ。
こんな所で俺と二人で弁当食べなくてもさ。

って言うと、飯食うときくらいは静かなのがいい、なんて言われるんだけど。

確かにここは、人も来ない隠れ家的な場所だけどさ。
ゆっくりできるとは思うけどさ。

………モテる男は考え方からして違うわけだな。


「いや、別にそこまではいいし。お前からので充分だろ」


っておい。
それは聞き捨てならないな。
あれか、俺のこと財布代わりにしてんのか?


「……女子からもらった方がいいだろ」


モテるんだからさ、それを有効に使えよ。


「何、もしかしてヤキモチか?大丈夫、俺はお前だけだし」

「……お前、たまに不思議なこと言うよな」


にやっと笑った顔は、確かにいい男なんだけどさ。
そういうとこ、残念だなと思うわけだ。

一度病院で診てもらったほうがいいんじゃないのか。


「そうだ。これやるよ」

「え?…あ、ありがと」


食後のデザートだ、なんて言ってくれたのは………飴一つ。

口の中に入れると桃の香りが一杯に広がった。


「好きだろ?甘いの」

「……まぁ、好きだけど」


ころころと口の中で飴を転がしていると、ジッと俺を見ているヤツに気付く。


「何だよ?」

「いや別に。……なぁ、『ひとくちちょうだい』?」

「は?…ってお前、これひとつしか―――――っ!?」


無いんだけど。

言い切るより、相手が動くほうが早かった。

あっという間に腰を抱かれて口を塞がれる。
文句を言おうと口を開けば、待っていましたといわんばかりにヤツの舌が入ってきた。

口の中の飴を奪っていく。


「ちょっ、……ンッ……ぅ、……ぁ、はっ…」

「うわ、甘……」


思う存分口の中を蹂躙されて、ようやくコロリと飴が戻ってきた。

最後に、ちゅ、と小さく水音を立てて唇が離れていく。

俺はもう、息も絶え絶えな状態で、悔しいけど足にも力が入らなくてヤツにしがみついているので精一杯だ。


「……な、なんなんだ、一体…」

「お前が悪いんだぞ、いつまでたっても俺の気持ちに気付きもしないで」


ずっと我慢してたんだからな、と相手が呟く。

何をだ、とはいくら何でも聞けなかった。

かぁっと一気に赤くなる俺を見て、ヤツが笑う。


「なぁ…もうひとくち、ちょーだい?」

「……あぁもう!『はいどーぞ』!!」

「くくっ……いただきます」


半ば投げやりに答えたら。

………その後のことは、もう俺の口からは言えませんっ!





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