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其壱
「鬼灯様、今日の分の郵便です」
両手に大量の郵便物を抱えた茄子が、ぱたぱたと執務室に入ってきた。
「ありがとうございます、茄子さん」
目を通していた書類から顔を上げ、鬼灯は応える。
「どちらに置けばよろしいですか?」
きょろきょろと首を振り、茄子は執務室を見渡した。
机の上は書類で埋まっており、他に物を乗せる余裕はない。
「そうですね、それではそのワゴンの上にとりあえずお願いします」
はい、と小さな背丈の茄子は、抱えていた郵便物を顔の高さまで持ち上げ、指示された場所に乗せた。
「あっ、と…」
不安定な移動に乗せきれなかった書簡がいくつか、床の上にはらりと落ちる。
「すみませんっ」
慌てて拾い集める茄子に、
「ああ、かまいませんよ」
と声を掛け、鬼灯は席を立ち拾い集めるのを手伝った。
ごめんなさい、としょぼくれる茄子の頭をぽんぽんと軽く叩き、いいんですよ、と集めてくれた書簡を受け取った。
その一番上に、真っ白な葉書があるのに気付いた茄子が、あれ?と声を上げる。
「これ、何も書いてないですけど、間違えて送っちゃったのかなあ」
手に取りくるりと裏返すと、宛先には『閻魔殿気付 鬼灯様』とあった。
「鬼灯様宛? でも真っ白ですねえ」
不思議そうに首を傾げる小鬼の手から、ああ、きっと間違いなんでしょう、と葉書を摘み取り鬼灯はワゴンの上にひらりとそれを乗せた。
「じゃあ俺はこれで」
ぺこりと頭を下げて退出する茄子が執務室の扉を閉めるのを確認し、鬼灯はワゴンの上の白い葉書を手に取る。

鬼灯宛の、白い葉書。
それは白い獣からの印だった。


いつからか始まったその関係の継続を、白澤はこうやって葉書に変えた式で問うてくる。

可なら燃やす。
否なら破り捨てる。

それだけで、式を通じた術により鬼灯の意思は白澤に伝わる。

執務机の引き出しを開け、文具の中に埋もれた燐寸を取り出ししゅっと擦った。
丸い頭に灯る炎に葉書を翳し、火が付いたそれを床に落として黒く燃え尽きる様を、鬼灯はぼんやりと見遣る。
黒く煤けた燃えかすは、やがてひらひらと舞い上がり細かく砕けて空気に溶けた。
もう今日は、仕事をするわけにはいかない。
手早く机の上を片付け、鬼灯は執務室を後にした。


鬼灯の紋に象られた自室の扉に鍵を刺しがちゃりと開けると、廊下の灯りに照らされた室内が僅かに浮かび上がる。
部屋の奥、寝台の隅に、白く反射する存在が見えた。

「鍵は掛かっていたはずなんですがね」
「僕にはそういうのあまり関係ないの、知ってるだろ」
「わかっていても、気持ちのいいものじゃないんですよ」
「お前が入っていい、って言ったからだろ? 部屋の主に招いてもらえて初めて入ることができるんだからさ」
「バンパイアですか貴方」
「約に縛られるって意味じゃ、そう大差ないのかもね」
寝台から立ち上がり、白澤は鬼灯の手を取った。
「まあ僕は、血は吸わないけど」
そう言うとぐい、と鬼灯を手繰り寄せ、閉じた唇にがぷりと噛みついた。

「風呂くらい入らせてもらえませんか」
寝台に押し倒され、着物の裾を割られながら鬼灯は抗議する。
「だめ。僕お前の匂い好きだもん」
鼻先を耳の下に擦り付けながら白澤は鬼灯の首筋をべろりと舐めた。
衿を割り、現れた肩にずるずると舌を這わせる。
ざらりとした感触に思わず身を震わせると、
「いつも思うけど、まるで生娘みたいな反応するよね、お前。ちゃんと抜いてる?」
白澤はにたりと笑いながら目だけで鬼灯を見た。
「…っ、ご心配なく、貴方ほどではないですが不自由はしていません、から」
びくびくと震えながら鬼灯は悪態を吐く。
「いい見世、紹介してやろうか」
「貴方と穴兄弟なんか死んでも御免です」
「そう? 同じ娘のあれをさ、他の男がどうやって犯したんだろう、って想像すると興奮したりしない?」
「…! しません…っ!」
あっそ、つまんないのー、と唇を尖らせると、白澤は前触れもなく鬼灯の雄を握った。
「あっ、 ひ、」
息を詰まらせる鬼灯にかまわず、強く、弱く、苛み続ける。
そうしながら空いた方の手の指を、この後自分が突き入れる場所にぐっと押し込んだ。
「んあっ、あ、やっ」
反射的に逃げようとする腰をずぶりずぶりと寝台の端まで追い詰め、
「でもここをさ、他の男がどんな風に犯すのかなんてのは、考えたくないかなあ」

ねえ鬼灯、と、腿の内側に舌を這わせながら白澤が訊く。
「僕じゃない男の下で、どんな声でお前は啼くの」
その問いに答える余裕は今の鬼灯にはあまり残されていない。
「どんな顔で、お前は達くの」
ねえ、と重ねて問うた白澤はずるりと指を引き抜くと、自身をそこに押し当て、鬼灯を犯した。


突き上げられながら鬼灯は、あの白い葉書を思い浮かべる。
白い獣から送られる、白紙委任状を。

受け取った葉書を破ったことは、今まで一度もない。
燃やして、消して、そして抱かれて。
だけどもし、それを燃やしも、破りもしなかったら。
鬼灯の返事を、白澤はいつまでも待ち続けるのだろうか。
さらりと忘れ、なかったことにするのだろうか。

真っ白い紙は儚く心許なく無防備で、それでいて息苦しいほどに何もかもを押し包む。
委ねられた問いの、返す言葉を乗せて、燃えて、尽きる。

答はいつも、燃え尽き消える。


鬼灯の答は今日も音にはならず、ただ嬌声に紛れてすり潰された。



【了】

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