哀咽葬送*(項虞)
「項羽様、」
血が滲む程に強く拳を握っている項羽様を、どうにかしてあげたいと名前を呼んでみたが、その後続く言葉が見つからない。
私が言葉を探し目線をさ迷わせていると、項羽様はゆっくりと私に振り向いた。
「虞…」
私の名前を呼ぶ口調はひどく優しくて、それが余計に今の状況が何れ程危惧すべきものかと、改めて理解させらた。
「虞よ、聞こえるか」
私が何か言おうと口を開きかけた時、項羽様は更に続けた。
私は口を閉じ、黙って続きを待った。
「楚の歌だ。劉邦の軍の兵士だろう」
項羽様の言葉に耳を傾けると微かに歌が聞こえる。
私は楚の歌を聴いたことが無いが、此がそうだろう。
楚は、項羽様の故郷だったはず。
その歌が劉邦の兵士から聞こえるというのが、どういう事なのか、あまり聡くない私でも分かった。
「劉邦が、楚を制圧したのですね」
私が呟く様に言った言葉に、項羽様は静かに頷いた。
「心配するな、虞よ。俺は負けはしない。お前は俺が、必ず守ってやる」
「項羽様」
「だから共に、俺と共に」
垓下から出よう、虞。
項羽様は私にそう言った。
項羽様はとても強いから、単騎ででも逃げられるだろう。負けはしないだろう。そう、だから、私が共に行く訳にはいかない。
「ありがとうございます、項羽様。だけど、私は行けません。私は、此処に残ります」
「!何を…、ならば、俺も虞と、」
「いいえ、項羽様はどうかお逃げ下さい。…ですが、私を心配して下さるなら、お願いがあるのです」
私の言葉に項羽様は更に目を見開いて、少し早口で私に問うた。
「ああ、分かった。言ってみると良い」
「どうか、項羽様の手で私を、殺して下さい」
「、何を、虞よ。俺がお前を、殺すなど、」
項羽様は途切れ途切れにそう言った。
心なしか震えている項羽様の手を握って私は更に捲し立てる。
「最期は、どうか愛する者の、項羽様の手で、終らせて頂きたいのです」
項羽様は暫く俯いたまま黙っていたが、何か決意したように顔を上げると、得物である剣を握った。
私はそんな項羽様に出来る限りの笑顔を向ける。
「また、もし転生しても、私は必ず項羽様に会いに行きましょう」
涙で霞んでしまって良く見えなかったので項羽様はどんな表情で剣を持ったかは分からないが、胸に感じた痛みと共に、項羽様が私を抱き締めてくれたので、私は安心して意識を手放した。
哀咽葬送
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