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TOX短編
アルジュ♀(おこめ様リク)
微妙に人魚姫パロ。

――――――――













一体何がどうなったのか、訳が解らなかった。
大体あんな立派な旅客船から、海を見て大はしゃぎする子供でも無いのに、どうやったら落ちるっていうんだ。
なんて、何を言っても俺が旅客船から海に落ちた事実は変わらない。
辺り一面水だらけの景色の中、どんなに声を張り上げても船が遠ざかっていくあの恐怖は、二度と味わいたく無い。

「―――……」

散々恐怖を味わって、死ぬのか俺は、と覚悟まで決めて。
なのに何だ、この状況は。
ベッドに寝かされ、腕やら脚やら頭やらには包帯が巻かれて。
明らかに助けられたシチュエーション。
広い海のど真ん中を身ひとつで漂流してもこんな奇跡は起こるのかと、安心とか感動とかの前に感心してしまった。

「目が覚めたんですね」

包帯の巻かれた四肢をじろじろ見たり擦ったりしていると、扉が開く音がして、声がして。
声の方を振り返ると其所に、白衣に身を包んだ少女が立っている。
持っていたカルテらしきものをベッド脇のテーブルに置いた少女は、泣きそうな顔でにこりと笑った。

「良かった…。浜辺で倒れていたんですよ。四肢の裂傷は恐らく、海中で岩にぶつかったんだと思います。勝手に治療させて貰いました」
「……」
「何が有ったのか、解りますか?」

かわいいな、この娘。
清々10代半ばだろうが、この歳でこれだけの美貌ならば、成人する頃はそれは美人に成長しているだろう。
服装と治療したとの言葉、医師か、そうで無くとも医療に関連する立場である事も明白。
未だ幼いが、今のうちから唾を付けておいて損は無い人材だ。

「――――」

有難う、お嬢さん。
客船ジルニトラから落ちて海を漂流していたんだよ。
助けてくれたのがこんなにかわいい娘だなんて、運命感じちまうなぁ。

「…!?」

どうしたもんか。
感謝を告げると同時に口説いてしまおうとしたのに、感謝さえ告げられなかった。

声が、出ない。

「………」
「…?どうかしました?何処か痛みますか?」
「………」
「…、無声音でなら話せますね?」

驚いた顔で口をぱくぱくさせる俺はどう見ても異様で、少女も直ぐそれに気付いてくれた様だ。
俺の口許に耳を寄せ、息だけで紡ぐ言葉をしっかり聞いてくれる。
流石にこんな状態で口説くなんて間抜けだから、状況の説明と名前くらいしか言えなかった。
残念だ。

「解りました、アルヴィンさん。…無事で良かったです、本当に」

一通りの説明を終えると、少女はまた、あの泣きそうな笑顔で俺を見る。
その顔がかわいくて、かわいいのに哀しくて、そんな顔をして欲しく無いと思って。

「………」
「え?何ですか?」
「………」
「…でも、アルヴィンさんかなり歳上じゃ」
「………」
「失礼…だし」
「………」
「……、もう。解ったよ…アルヴィン」

敬語やめて、さん付けやめて。
強引にそう伝えると、少女はやがて従った。
困った様に笑うその顔は、さっきの笑顔とは違う、純粋にかわいい。
出逢ってほんの小一時間、それでも解る。
この娘は本当に、優しい娘だ。

「僕はジュード。ジュード=マティス。怪我が治って声が戻るまで、アルヴィンは僕の患者だからね」

差し出された小さな手と握手を交わして、微笑む。
それが俺とジュードとの、まさに奇跡の出逢いだった。



















会話が出来ない訳じゃ無い。
喉が震えないだけで、言葉を発する事自体は出来るからだ。
只やはり無声音では声量は出なくて、ジュードとの会話はごく至近距離で行う。
俺が手招きする度に、何の警戒も無くあっさりと懐に躰を収めるジュード。
幼い少女故の無防備さがかわいらしくも有り、今の俺にとっては厄介でも有った。

「はい、右腕終り。今度は左ね、腕出して」
「………」
「馬鹿言って無いで早く。毎日脱がせて体拭いてるのに今更でしょ」

そんなにじろじろ見るなよ恥ずかしいだろ、俺の軽口を慣れた様にあしらうジュードは、今は医者モードであまり面白い反応をしてくれない。
医者モードのジュードは俺の四肢の包帯を解き、裂傷を診察し、また包帯を巻く作業を流れる様にこなしていく。
目が覚めた当初は本当にぼろぼろだった皮膚は、ジュードの献身的な治療のお陰ですっかり良くなった。
未だに包帯を取る事は許されないが、余程強く触れない限り痛みを感じないくらいには回復している。

「………」
「ん…、なに?」
「………」
「…お礼なんて良いよ。僕は医者だから。そうで無くても、怪我人を放っておけないもん」
「………」
「もう、お金なんていらないってば。アルヴィンの治療は僕が勝手にやった事だし」

ジュードの世話になる生活が、かれこれもう一節は続いている。
船から落ちた時点で当然無一文な俺は、命を救われたであろう処置に払う金を持っていない。
その事を初めて告げた時、ジュードはふわりと笑って、今と同じ事を言った。

「そうだアルヴィン、今日は凄く良い天気だよ。お散歩しない?」

大分包帯の巻きが薄くなった俺の手を取り、ジュードが笑う。
ジュードは笑う、いつも、何回も、俺の目の前で。

命の恩人だからとか。
美少女だからとか。
全く関係無いとは言わないけど、きっと本当の理由はそんなんじゃ無いんだろうな。
俺がジュードを好きな理由。
それはきっと単に、この笑顔をかわいいと思ったからだ。

「………」

好きだ、ジュード。
手招きする事無く、告げる。
振り返らないその背中に安堵して、繋いだ手に力を込めた。























包帯の無い、まっさらな肌を取り戻して暫く。
海水を冷たいと思わなかったあの頃と違い、今は肌に触れる空気にさえ身震いする。
長い時を、過ごした。

「…どうすっかね」

確かに震える喉、発する音、…戻った声。
数旬前に気付いた体の変化を、俺はジュードに告げられなかった。
今でもジュードを手招きし、耳元にそっと囁き言葉を伝える、その行為を繰り返している。
それは一重にジュードの傍に居たいから、ジュードと離れたく無いから。
初めて逢った時のジュードの言葉が、心の奥でずんと重くのし掛かっているからだ。

“怪我が治って声が戻るまで、アルヴィンは僕の患者だからね”

怪我が治って声が戻れば、俺はジュードの患者でいられない。
この居心地の良い場所を離れ、あの堅苦しいだけの生家に戻らなければならない。
そんなのは、嫌だ。
ジュードの笑顔に触れて、優しさに包まれて、俺はもうどうにも出来なくなってしまった。
好きなのだ、どうしようも無く。
ジュードの笑顔も優しさも、俺が患者であるからだと解っているのに、それでも。

「………」

傷は消えた。
治療してくれるジュードに、それを誤魔化せる筈は無い。
だが声なら、隠しておける。
外傷や病気では無くショック性のものだと診断され、いつ戻るか解らないとジュードは言っていた。
俺が言わなければ、ばれはしない。
ずっとこのままなら、いつまでもこうして、傍に。

「アルヴィン、おはよう」
「!……」
「…今日も声は出ない?でも、焦らなくて良いからね。ゆっくり治していこう」
「………」

1日の始まりに、お約束の遣り取り。
その度に俺は、喉を押さえてへらりと笑う。
ジュードは少し元気が無い様だった。

「?………」
「大丈夫、具合が悪いとかじゃ無いんだ。…ねぇ、アルヴィンはジルニトラ号に乗ってたんだよね」
「………」
「…“アルヴィン”って、本名じゃ無かったんだね」
「!」

いつものカルテの下に、数枚の紙束を持っていたジュード。
その紙は、ジルニトラ号の乗船者名簿だった。

「乗船者名簿に名前が有るのに、下船のチェックがされてない人がいるんだ。…アルフレド=ヴィント=スヴェント…アルヴィンだよね」

名簿の表紙に書かれた日付は間違い無く、俺が乗船した日。
両親と、叔父、従兄の名に挟まれた俺の名には、確かに下船のチェックがされていない。
名簿全てに目を通してもそんな人間は他には無い。

「その血の古くは王族にも繋がる、名家スヴェント家の嫡男アルフレド=ヴィント=スヴェント様。世界中の誰だってその名前は知ってるよ」
「………」
「遭難したって号外が有った。…どうして教えてくれなかったの?」

涙の滲む瞳が俺を見る。
責めるみたいに。
否、みたいにじゃ無く、本当に責められているんだろうか。

「………」
「…、今朝ね、シルフモドキが来たんだ。使者を迎えに寄越すって。今後はスヴェント家付きの医師が診るから、アルフレド様を帰してくれって」
「!」
「2日後に迎えが来るよ。僕はカルテの纏めをしなきゃいけないから、…準備は自分でしてね」

ついに零れた涙を指先で拭って、ジュードは部屋を出て行った。
テーブルに残された乗船者名簿を握り潰してゴミ箱に投げ捨てても、状況は変わらない。
黙ってさえいれば続く筈だった日常は、終ってしまった。

「…ジュード」

俺が此所に居ると外部の人間が気付いた訳は無い、だって俺はろくすっぽ外出もしなかった。
見付かれば、気付かれれば、終ると思っていたから。
ならばこれはジュードが作った終りだ。
俺が話したジルニトラの名で気付き、調べ、見付け、終らせた。
ジュードにとっては、終ってしまって良い日常だったのだ。

「何で…お前が泣くんだよ」

涙の理由なんて単純かも知れない。
それでも、その単純な答えを正解だなんて言えなかった。
さよならなんだ、もう。
俺はジュードを好きで、ジュードを騙してて、泣かせて、あの家に帰る。
それが俺達の最後だ。

俺達の出逢いは奇跡だったけど、運命じゃ無かった。
ただそれだけの話だった。



















「久し振りだね、アルフレド」
「使者ってお前かよ」
「無理言って混ぜて貰ったんだよ?かわいい主治医さんを見てみたくて」
「……」

あまり大きく無い鞄に詰め込んだ、あまり多く無い荷物。
何も持っていなかった俺にジュードが与えてくれた、簡素な服。
俺が此所から持ち去れる物なんてそれくらいしか無い。
1番手離したく無いものは、あの哀しい笑顔で俺を見てる。

「初めまして、マティス先生。アルフレドがお世話になりました」
「いえ。…声の方は未だ不安定でしょうから、経過を見てあげて下さい。これを、医師の方に」
「ああ、カルテですね。渡しておきます」

ジュードからバランへ、俺のカルテが渡る。
これでもう、俺とジュードを繋ぐものは何一つ無くなった。
御者に促されて馬車へと歩く俺の横に、寄り添う様に、歩調を合わせてジュードが並ぶ。

「お大事にね、アルヴィン」
「今まで有難うな、ジュード」
「…そんな声だったんだね。低くて優しくて、素敵な声」
「………」

「さよなら」

そんな顔をしないでくれ。
勘違いしてしまう。
ジュードも俺と離れたく無いんじゃないか、俺を、好きなんじゃないか。
俺は、こんなに好きなのに。

「ジュード」
「……っ」

頬を両手で包み込んで、顔を上向かせて。
桜色の唇に、触れた。
お互いの頬に伝う涙には、気付かないふりをしたままで。















さよなら、俺のたったひとりの、













(この先妻を貰っても、子供が出来ても、)
(俺の心にはお前だけだ)
(お前だけ、愛してる)

(声にして伝えられなかった事、それを一生忘れない)
(それこそがお前を愛してる印だから)













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おこめ様リクエスト、アルジュ♀で人魚姫モチーフ共同生活、です。
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