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ルークが居なくなって暫く経とうとしていた。

国の復興にオールドラントの均衡を保つためのキムラスカ王国を筆頭とした他国との外交、外殻に沈んだ町の確認と安否にユリアシティとの協力、ローレライ教団への援助願い、レプリカ問題等々、数え切れない程の問題をマルクト帝国は抱え人々は走り回っていた。
またガイ自身はピオニー皇帝陛下よりエルドラントの被害状況、捜索、栄光ホドとしての再建の頭に据えられ、研究員や兵士を采配をする役割を与えられていた。


目まぐるしく過ぎていく日々に、ふとルークやヴァンのことを思い返す。

ゆっくりと彼等について考えるだけの時間は今のガイにはない。

少しの休憩時間、宮殿や己の屋敷から離れてボーと港を見詰め想い馳せるのがガイの日課となっていた。



「珍しい客人が来たなあ」

「一人黄昏れているところ申し訳ありませんね」

隣を失礼しますよ、と飄々とした態度で港に現れたこれまた己より幾分も忙しくしているジェイド。
相手の気配は慣れたものでこれといって視線を交わすこともない。

「あんたも皇帝の考えを先読みして行動すること以外に煮詰まっていることくらいあるだろうさ」

暗にレプリカ問題で気を病んでいると思って掛けた言葉であったが、どうやら外れだったようだった。

「いやはや、私にも情というものが備わっていますからね」

仲間の事が気になりましてね、とジェイドが横目で己を見てきたことに心臓が跳ねた。

「……旦那良い人間だな。俺の事心配してくれてたのか」

「貴方のことなど何とも思いませんよ」


頭を掻いて照れて見せたがジェイドは見向きもしなかった。
ガイは腕を降ろすと言葉を選ぶように視線をさ迷わせる。

ジェイドを真っ直ぐ見ることができない。

港へ打ち寄せる波は穏やかで、味気無く視界を埋める。


「……ティアは大丈夫なんじゃないかな。俺よりもルークが還ってくることを信じてる。いや確信してる」

「ティアが貴方より強いことは私も知ってますよ。貴方よりも自分の兄に対して気持ちの整理が出来ていますし、出来ていなくても彼についてなら慰めるのは私たちではありません」

ジェイドが己の言葉をはねつけるのにガイは堪らず視線を落とした。

言われなくても分かっている。
それにユリアシティからたまに報告書基手紙もくる。

彼女はルークが還ってくるまで頑張れる。


「アニスは、フローリアンのこともあるし悲しんではいられないよな」

ははっと空笑いをすると、忙しいのはティアも同じことですと返された。

「ルークに懐いてましたからね。ですが、イオン様の死も乗り越えましたしフローリアンも彼女の支えになってくれるはずですよ」

ジェイドの空気が変わったのに顔を上げると視線が合わさった。

途中から己に何を言わせたいのか分かっていた。
しかしガイには踏ん切りがつかない。

「旦那、俺には無理だよ」

「おや何のことですか」

からかって目を細めて見せるがジェイドの目は笑っていない。

「頼むから突き付けないでくれよ」

「だから何を」

「分かってるんだ!ナタリアだろ!」


ガイはやばいと咄嗟に掌で顔を隠した。

今日のあの夢は何かの予兆だったのだろうかと思う。

最悪だった。
考えないようにしていたのに。


「……悪い。いきなり大声出して。分かるだろ旦那」

顔を隠したまま自嘲気味に笑う。

「ナタリアのことですか。貴方のことですか」

「俺さ。俺はただの仲間としてナタリアを慰めることはできない」

旦那は分かってるだろうけど多分俺ナタリアのこと好きだから、とガイはまた下を向いた。


夢の中の、涙を堪えた彼女を思い返す。

彼女は何度ルークを失ってきたのだろうか。


エルドラントを離れる時に笑った彼女を思い出すことを避けていた。

突然居なくなってしまう存在なのだと幾度経験してもこの喪失感は慣れるものではありませんわね、と己に言ってきた彼女。
しかもちゃんと戻ってきてくださったことがないので今度も心配ですわ、と笑顔を崩さなかったことが胸を締め付けた。

彼女のことを想うと己も辛くなる。
ナタリアは、ティアやアニスと同じように強い女性なのだと思って考えないようにしてきた。

実際己が思っているよりも強いのかもしれない。

そうだ、夢を見たから心配になっているだけで好きだから気になるだけで、思うよりずっと彼女は強い女性なのかもしれない。


「ナタリアも共に旅をしてきた、仲間だよ。軟だと思っていたら失礼だろ」

「偽りの姫と知らされて崩れた彼女を知っている貴方が言いますか」

それともずっと近くにいた貴方が言うのだから本当に強いのでしょうね、とジェイドは続けた。

ガイはぐっと唇を噛み締めた。

彼女は自分の中に抱え込んで必死にその物事を消化しようとする傾向があった。
皆に隠して苦しんでいるのを見付からないようにして。


「……実はですね、ナタリアと連絡が取れていないんですよ」

ガイは伏せていた顔をばっ上げてジェイドを凝視した。

「深刻な問題ではありません。会談している陛下なら会っているのですが、護衛に私を当ててくださらないのですよ」

ティアやアニスからは手紙が来ますが、彼女からは来ないですしと続けられる。

「それはきっと公務が忙しいんだよ」

「ユリアシティの協力が大なりな今、アルビオールで世界を駆け回っているティアも会えていないとのことでした」

キムラスカに行っていて会えないというのは不思議だった。

「国王陛下はなんてティアに言ったんだ」

「……外務大臣は、ナタリア殿下は元気にしているとおっしゃっていたそうですよ」

「そう、か」


ピオニー陛下に会えているというのなら具合が悪いという訳ではないのだろう。
無難に、タイミングが悪くてティアは会えなかったと考えるのが妥当かもしれない。


「それにナタリアが己の父たちに対して二つほど提言しているそうなのですよ」

彼女らしいというか何というか、とジェイドは眼鏡をかけ直して笑う。

「一つはルークが還ってきた後、国王に祭り上げるのは止めること。これはルークの意志次第だということに落ち着いています。還ってこないことを視野に入れて他の候補の方の育成にも躍起になっていることでしょう」

「…………」

「そしてもう一つは次期国王候補に、己を加えてほしいとのことです」

「何だって、ナタリアが」

「確かに、現在の世界状況を正確に把握出来ているのは彼女です。適確な判断もしやすいでしょうし、王族としての心得も理解している。即戦力になりますね」

「しかしキムラスカは血統が一番だろう」

「そう、だからその件は保留になっているそうです。この忙しい時に何を考えているんだ、と思う大臣もいるとかいないとか」


そう茶化して締め括ったジェイドはガイを見据える。
深意を探ろうとするようなそれに眉根を寄せるとガイは憮然と返した。


「旦那、俺をたきつけてるのか」

「いえいえ、仲間ですからね。情報の共有化というやつですよ」

軽く交わすジェイドはしかし、と言葉を区切る。

「貴方がナタリアに会いたいというのなら、外交官の役割を貴方に与えてさしあげましょう」

「……そんな簡単に出来るもんじゃあないだろ」

「まあ今の所議題としてはレプリカなどの火急問題を扱っていますから意見の相違は殆どありませんよ」

「だけど、俺だってやらなければならないことはあるんだ」

「エルドラントのことについては私が代役を務めましょう。それとも彼女が心配でないというのなら仕方ない話しですが」

まあ考えておいてください、とジェイドは一度海を見渡すと背を向けて去っていった。

ガイはジェイドの気配が遠ざかると崩れるようにその場に座り込んだ。


「心配に決まってるだろ」


好きなんだからさあ、と深くため息をついて仕事へと戻った。























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