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ガイは海から背けた眼をまた海へと戻した。
港に立って活気づくそこでため息をつく。
「何してんだ、俺は」
呟いてみたものの応えてくれる人は存在せず、しかしそんな者がいなくても己は既に解を持っていた。
なんて滑稽なことだろうと自嘲気味に笑って港を後にする。
前方で待っていたのは表情を持たないまさに能面のような顔をしたマルクト帝国、それとキムラスカ王国の兵士だった。
辛気臭い顔に見守られても気分が高揚するはずもなく、ガイは首を捻った。
「本当、何してんだろうな」
少し歩いた所には天空客車が己を待ち構えている。
此処はキムラスカ=ランバルディア王国王都バチカル。
ガイは外交官としてこの風格ある土地を訪れていた。
何故役割を譲ってもらい外交官になってまでこの土地を訪れたのか。
建前ではなんとでも言える。
特にレプリカ問題などは己にとっても辛い他人事ではない関わりのあるものであった。
しかし、それ自体に偽りはないといっても己自身に嘘はつけない。
職権乱用してお姫様、幼馴染み、好きな子に会いたかったから。
それは否定出来ないことだった。
ナタリアが心配だった。
一人で抱え込んでいるのではないかと、辛くて悲しみに暮れているのではないかと。
変わらない最上階の開けた王族に連なる者が住まう通りを抜けていく。
今まで生きてきた中で一番長くいた場所だ。
恋い焦がれはしないもののどこかほっとする。
それを自覚すると共にナタリアの近くにいたことや共に過ごした期間も長かったことを思い知らされる。
城内へ入るとキムラスカ兵がそれぞれの警備場所で出迎え敬礼をする。
どうにかこうにか見知った顔に会いたかったが生憎と使用人やメイドが客人に会うことなど以っての外で、ため息をついて謁見室へと足を進めた。
勿論、ガイが外交官になったことなど知るよしもないのだろう。
ナタリアあたり知っててほしいとも思ってしまうが。
ナタリアの父―キムラスカ王に謁見を済ませると直ぐに外交へと入る。
王が直々に聞くことではないので長旅で疲れているこちらのことなどお構いなしだろう。
別段不服ではない。
元々マルクトとキムラスカ両者間の仲は良くなかった訳で、嫌な視線を向けられないだけでかなり関係が回復したことが伺えた。
やはりレプリカ問題では苦肉の策として外殻へユリアシティのような島を作り上げるという案が有効ではないかとされていた。
各国に割り振る――押し付け合う――ことも考えられたが人々の恐怖による暴動が起こる可能性が高かった。
現在も決して少なくない兵を割いて囲っている状況であり、警戒は怠っていない。
教団も助力をする意向をしめしていたが、信者でない者が教団の土地に住まうことは罷りならないことであり、また新しい導師を育てていることもあって期待はできない。
マルクト側から提示した話にキムラスカ側も苦々しく頷き、それしかないのだろうと方向が示された。
「彼等が隅に追いやられたと思わなければ良いのですが」
「それは難しいかもしれない」
「彼等も決して少ない人数ではないから、まとまった空間、土地が必要になる」
「生憎と各街にそれほど入るところもないし、どちらかの国に押し付けることもできない」
ガイはエルドラントの復興が進めばと心内で思ったが直ぐにはできないことであり、あの土地をホドの住民も心待ちにしているため安易にレプリカへ提供できないとピオニー陛下に言われていたため何も言えず唇を噛み締めた。
会議場から出ると、どっと疲れが出た。
一人の正装をしたメイドに会釈をされて案内される客室。
己が通されるとは思ってもみなかった昔見たことのある豪華な一室を思い出す。
部屋に通されたらそのまま湯浴みもせずに寝てしまいたいとも思ったが、己のあと一つの目的を思い出して気を引き締めた。
部屋につくと用があったら呼び鈴を鳴らすようメイドから話があり退出しようとする。
「すまないが、メイド長を呼んでくれないか」
すぐに用件を頼み、メイドは怪訝そうな顔を一瞬見せる。
己が粗相を働いたのではないかと不安になったのだろう。
心配ないとただ笑顔を向けると安心したように会釈をして下がった。
この城のメイドの姿勢は良い。
他が別段劣っているということはないが、やはり見習う女性が近くにいるからだろうか。
凜とした立ち振る舞いをして誇りを持って仕事を熟しているように見える。
「御呼びでしょうか、ガルディオス伯爵」
ノックをされたため返事をしてメイド長を迎えると、苦笑と共に柔らかい仕種の女性が現れた。
彼女には昔ルークからの手紙をナタリアに渡す際などによくお世話になっていた。
お久しぶりですね、と軽く頭を下げると伯爵貴族様が簡単に頭(こうべ)を垂れるものではありませんと返された。
「…ナタリアに、ナタリア様にお会いしたいのですが」
「友人としてお会いになりたいのでしたら取り次がせていただきます」
「うん、友人として。頼みます」
「畏まりました」
頭を下げ扉を閉めようとした彼女はしかし躊躇うような仕種をすると、また扉を開いた。
「ではご案内いたします。こちらへ」
手を広げ指し示す先はガイがよく知っている応接室の方面ではなかった。
「流石にまずいですよ」
ガイの言葉は確実に届いているだろうに目の前にいるメイド長は聞く耳を持たなかった。
通り過ぎていく兵士たちの視線が痛い。
己の先には一つの扉があり、そこは公式に入ったことのない、いや来客が入ることの許されない部屋へと通じていた。
そこが何の部屋であるか分かっているガイ。
昔忍び込んで殿下の隠れんぼに付き合わされていたガイを知っているだけにメイド長は顔を綻ばせるだけでノックをしようと扉に手を延ばした。
――ここはナタリアの執務室だった。
「はい、何かしらメイド長」
扉を叩いて直ぐに彼女の、ナタリアのしっかりした声が聞こえてガイは胸を高鳴らせる。
いくらか低音の優しく響く声。
本当に久しぶりに聞く彼女の声だった。
扉の叩き方一つで誰が来たのか分かるのに、ナタリアだよなと嬉しくなって口端を引き上げる。
「ナタリア殿下のご友人のガイ様がいらっしゃっています」
「まあ、ガイが!」
椅子が引きずられる音が内側から聞こえる。
嬉しそうな声音にほっとして言葉の続きを待っているとメイド長が横へとずれた。
えっ、とその行動の真意を伺おうとするが、その前にナタリアが言葉を続けた。
「……申し訳ないですが、ちょっと今日は体調が優れないのでまた今度と伝えてください」
その言葉にガイは驚く。
具合が悪いのに執務をしているのか。
彼女が普段無理をすることは分かっていたが誰も止める者がいないのだろうか。
メイド長を凝視するが首を横に振り、口を開く。
「ではマルクト帝国の外交官であらせられるガイラルディア伯爵がお会いしたいとおっしゃられていると言えばお会いになられますか、ナタリア殿下」
語尾を強めた物言いをするメイド長にガイは怯んだが、それは扉の向こうのナタリアも一緒のようであった。
少し沈黙して、言いたくないように小さな声が返ってくる。
「非公式に他国の外交官と会うことは許されませんわ。何を言っておりますの」
その言葉に少なからず傷付く。
メイド長が首を振ったのは体調が優れないというナタリアの発言に対する否定。
ガイが来たことをあんなに喜んでいたのに、つまるところ彼女はガイに会いたくないということだった。
むっとして扉に手を掛けたところで己の行いに気付いたがメイド長は低く行って下さい、と漏らした。
此処に案内された時点で気付くべきだった。
メイド長はナタリアが会おうとしないことが分かっていたのだ。
そして、ガイという友人をどうしても合わせたかったのだ。
それは誰のためか。
もちろんナタリアのために決まっている。
ガイは思い切りその豪華な扉を開いた。
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