1 「はい美術準備室」 鳴り響く内線電話を慌てて取り上げて、長峰弘夢はそう応える。 「ああすみません、長峰先生。仲西ですけど」 「ああ、はい。お疲れ様です」 「お疲れ様です。すみませんケド先生、今こちらに来れませんか?」 「は?ええと保健室にって事ですか?」 「はい」 「ええと大丈夫ですけど」 「すみませんけどお願いします」 さて一体何事だろう、そう考えながら、弘夢は美術室へと顔を覗かせる。 「ああ居た居た、葵川」 「はい?」 「すまないが少し出て来るから、後を頼むよ」 「分かりました」 その返事を聞きながら弘夢は保健室へと向かう。 「失礼します」 言いながら扉を開けた弘夢は、中に居た人影に目を丸くした。 「幸治?」 「あ、弘夢兄さん」 「校内では長峰先生」 「いーじゃん別に人いないんだし」 「すみませんね長峰先生。御呼び立てして」 「ああ、いえ。でもどうしたんですか?」 弘夢の言葉に、養護教諭である仲西巧は椅子に座っている生徒−弘夢の従兄弟にあたる志田幸治を見遣った。 「志田君が部活中に怪我をしてしまって」 「怪我?大丈夫なのか幸治」 「大袈裟だって。怪我って言ったって、ただの捻挫だし」 「捻挫も甘くみて放置してたら酷くなるだろ。捻挫だと思ってたら筋を痛めてたって事もあるんだからな。大体大騒ぎで此処に運ばれてきたのは、どこのどいつだ」 「俺が騒いでたわけじゃねーし」 「まあそんなわけで、病院にと思ったんですが、あいにく今日この後、俺は用事がありまして」 「だから別に良いって病院なんて。自分で歩いて帰れるくらいなんだぜ」 「こんな具合でしてね。このまま帰宅させたら絶対に行かないでしょう?」 「でしょうね」 巧の言葉に弘夢は頷いた。 「で、申し訳ないとは思いつつ長峰先生を御呼び立てしたわけです」 「正解ですね。確か伯父さん達、週明けまで留守だろう?」 「何で知って……お袋か」 「そう言うコト。分かりました、連れて行きます」 「助かります」 「マジ?」 「マジ。そう言えば藤咲はどうしたんだ?彼女がいたら問答無用で病院行きだっただろう」 「今日は休み。親戚の結婚式とか言ってた。あーもう、アイツが居ないから免れたと思ってたのに」 「出たな本音。この病院嫌い」 「そんなんじゃねーよ」 「はいはい。じゃあ車回すから、正面玄関までは行けるな?」 「余裕」 「じゃあ宜しくお願いします、長峰先生」 その言葉に弘夢は頷いて一度準備室に戻るのだった。 [Next#] [戻る] |