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5
「おっはよー侑治!………どした、侑治?元気ないけど。何かあったのか?」
 朝の教室で後ろからそう声をかけられて。侑治は両腕の中に埋めていた顔を上げた。
「ああ、輝か。おはよう。今日は早いな、どうしたんだ?」
「へ?お前、寝ぼけてないか?オレ、いつもこのくらいの時間には、来てますケド。遅いのは、生徒会長だろ?」
「ああ、そうだったっけ」
 侑治は思い出した様に呟きながら、笑みを浮かべた。
「確かに寝ぼけてるのかもしれないね」
 侑治はそう言って再び机に俯せた。
「何?眠たいのか?寝不足?」
「………うんまあ、そんなとこかな」
「駄目だぞ、睡眠はきちんと取らなきゃ。どーせまた遅くまで本読んでたんだろ、お前」
 輝の言葉に侑治は曖昧な笑みでもって答え、そして視界の隅に捉えた人影に、教室のドアを見遣る。
「おはよう、直人、亨。おや、雨でも降るかな。おはよう、拓」
「雨が降るとは何だ、侑治。朝っぱらから言いたい放題だな」
 拓は苦笑とともに返しながら、不意に侑治の顔をのぞき込む。
「どうした、寝不足か?顔色が悪い」
 流石は生徒会長だ。なんだかんだ言いながら鋭い。
 侑治は内心で苦笑しながらそう思う。それでも次の瞬間口をついて出る言葉は全く違った事で。
「顔色が悪い?この健康優良児のオレに向かって、面白い事を言ってくれるね、生徒会長殿」
「まーたこいつは。珍しく人が心配してやったのに」
「だから、雨でも降りそうだって言うんだよ」
 くすくすと笑って、侑治はそう言った。
「でも本当に何か調子悪そうだよ、侑治?大丈夫?」
「平気平気。まあ多少寝不足である事は確かだけどね。言うほどじゃないし。心配しなくても平気だよ」
 心配気に言う亨に侑治はいつものように穏やかな笑みを浮かべてみせる。と。
「侑治」
 それまで黙っていた直人が不意にそう口を開いた。
「お前」
 直人がそう言いかけたその時、予鈴が鳴り響いた。
「ほらほら授業が始まる。自分の席に戻って戻って」
 侑治はそう言いながら、内心ホッと溜め息をついていた。
 直人とは、彼とは小学校からの幼馴染みで。たいてい隠し事とか悩み事の類いは、お互いに分かってしまうのだ。隠せた試しがない。
 ……ただ1つの例外だけを除いては、だけれど。
 まあ、コレだけは死んでも気づかれない様に心掛けてたし。
 侑治はチラッと幼馴染みを見遣りながら胸中で呟き、小さく笑う。
 でも、本当は。
 心のどこかで、気づいて欲しかったのかもしれない、なんて事も、考える。良い所も悪い所も、知り尽くした仲で。何で直人なんだろうと思わなかった事もないけど。
 それでも。
 好きだった。
 友人としてだけではなく。
 そこまで考えて。侑治はふぅ、と溜め息を零した。
 まったく、いつまでもいつまでも。案外オレって未練がましい奴だったんだ。
 たとえ彼が自分の想いを知らなかったのだとしても。失恋は失恋。この想いは、忘れるべきだ。
 そうでもしなければ、あまりにも惨めだ。
「どうした、葵川。気分でも悪いのか?」
 急にそう声をかけられて、侑治はハッと前を見る。気付くと朝のホームルームどころか1限目の授業が始まっていた。
「あ、いえ、大丈夫です。自己管理不足ですから、気にしないで下さい。単なる寝不足なんです」
「正直な奴だな。じゃあ、この問題を、解いてもらおうか」
 そう言われて、侑治は苦笑しながらも席を立つ。
 本当は。
 寝不足どころの話ではなかった。一睡も出来なかったのだから。
 らしくない。全くもって自分らしくない。
 ああ、駄目だ。今考え込んだって、何の得にもなりはしない。第一、今は授業中だ。集中、しなくては。
 心の中で自分を叱咤打撃しながら。侑治は黒板にチョークを滑らせた。


「侑治」
「んー?」
 1限目の授業が終わり。予想通りの直人の呼びかけに、侑治はゆっくりと振り返った。
 ひそめられた眉に、けれど気付かぬふりで緩やかに微笑む。
「何?」
「お前、何があったんだ?」
「案外皆してしつこいね。何もないってば。本当に寝不足なだけで、それ以外には何もないよ」
 きっぱりとそう言い切る侑治に、直人は溜め息をつく。
「お前ね……。何年幼馴染みやってると思ってんだ?隠し事はよくないぞ」
「だーかーらー。本当に何もないって。だいたい、お前に隠し事が無理だってことぐらい、理解してる。もう1度だけ、言うよ。本当に、何でもない。同じ事を何回も言わせないでくれ」
 侑治はそう言って、頬杖をつく。
「まったく。心配症な人間ばっかりだ。そんなに信用ないのかね、オレ」
「ほんっとうに何もないんだな?」
「しつこいッ」
 そう大声を張り上げて、侑治は拳を机に叩きつけた。
「こんな事で嘘ついて何の得になるって言うんだ?!」
 キッと直人の顔を睨みつけそう言い放ち、侑治はフイッと顔を背けた。
 教室にいた人間全てが、2人の方を何事かという顔で見ていたが、そんな事はどうでも良かった。ただ、この話題をさっさと終わらせたい、それだけで。
「悪かった侑治。信用する」
 直人が、本当に申し訳なさそうな声でそう言うのを聞き、侑治は彼の方を見やる。心底困ったように寄せられた眉根が、まるで叱られた子犬のようだ。
「……分かってくれたなら、もういいよ。オレの方こそ怒鳴ったりして悪かった。寝不足で少しイライラしてるみたいだ」
 侑治はそう言うと、ようやく表情を和らげる。
「大丈夫か?いきなり寝不足で倒れたりするなよ」
「冗談。そんな恥ずかしい事しないよ」
 侑治が笑いながらそう返した時、輝が恐る恐るといった風に近づいて来た。
「ケンカ、終わったか?」
「お陰様で」
 侑治はクスクスと笑いながらそう答えた。
「そっか、それならいいけどさ。切れた侑治って本気で怖いからなぁ」
「本人の目の前で言ってくれるね」
 頬杖をついて侑治はそう返すと苦笑する。
 輝の後ろからのぞいていた拓と亨はそれを聞いてクスクスと笑みを浮かべた。
「ま、幼馴染み同士の喧嘩ってのは、派手になりがちだしな。お互いの事を知り過ぎてるっていうのも問題かもな」
 拓がそう言って笑った時、2限目のチャイムが鳴り響き、それぞれ席に戻って行った。
 そうして。侑治はそっと安堵の溜め息を零すのだった。




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あきゅろす。
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