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「うっわッ?!」
悲鳴にも似た、そんな慌てた声を上げ、輝は目を覚ました。
夜の静寂と暗闇に、一瞬なにが起こったのか把握しそこねたけれど、ああ夢かと気が付いて、そうしてそれが余計に輝を混乱させる。
「って!なんて夢見てるんだよオレッ?!」
脳裏にまざまざと蘇った、直前まで見ていた夢に、輝は誰にともなくそう呟いた。
「なんで、よりにもよって…………」
そこまで無意識に呟いて、輝は続く言葉を詰まらせた。
「……拓と…」
キス、する夢、なんてッ!
けれど胸中で続けてしまったその言葉に、輝は瞬時にその頬を真っ赤に染め上げたまま、口元を押さえ。そうしてそのまま言葉もなく、立てた膝に顔を埋めるのだった。
「おはよう、輝」
翌朝の教室で。後方からの呼び掛けに輝は振り向く。
「おはよ。アレ?亨、今日は1人なのか?」
最近は常に連れだっている直人の姿がないことに、輝はそう尋ねた。尋ねながら、ああそうかだから最近朝も一緒なのか、と昨日の出来事を思い起こしながら考える。
「直人は?」
「朝練」
「ああそっか、試合近いんだっけ?拓は?」
「元々ギリギリまで家を出ないから、拓とは滅多に一緒にならないよ。だから、今日は1人。1人で登校って寂しいんだけどね」
「前はどうしてたんだ?」
「前?1人かな」
亨はそう答えた。
「だったら慣れてるんじゃないのか?」
そういえば一体いつから彼は直人と一緒に来るようになったんだろう、と記憶を辿りながら尋ねる。少なくとも3年に上がってからなのは間違いないのだから、そんなに以前からというわけではない筈だ。
「うーん…慣れてたけど、今はダメ。直人と一緒に来るようになってからは、誰かとっていうのに慣れちゃったから」
「あーはいはい、お熱い事で」
輝はそう言ってクスクスと笑いながらも肩を竦めた。そんな輝に、逆に亨が問い返す。
「輝は?いつも1人?」
「そ。1人です」
「ふーん…。寂しくない?」
「全然。何で寂しいわけ?」
「……そのうち分かるんじゃない?」
「何だよそれ」
小さく笑いながら言われた言葉に、輝は苦笑しながらそう返す。
と。
「おはよう、なつ、輝」
後方からのその声に2人は振り返る。
「直人」
よっ、と輝に告げながら、けれど直人の目には亨しか映ってないに違いない。その証拠に次の瞬間。
「今朝も綺麗だよ、なつ」
などと、手にした荷物を投げ付けたくなるような台詞が直人の口から零れ落ちる。
「だーッもうッ!朝っぱらからイチャつくなよッ」
「羨ましいか?」
「はぁ?何で?誰が?も、好きにやってて下さい2人で。オレは知らん」
呆れた様にそう言い放ち、輝は会話は終了!とでも言うように机につっぷした。と。
「なに騒いでるんだ、3人で」
後方からの呆れた様なその声に、直人は振り返り言葉を返す。
「おう、おはよう拓」
「おはよう。珍しいね、拓がこの時間帯に来るなんて」
「珍しく早くに目が覚めたもんでね」
亨の言葉に苦笑しながらそう答え、拓は輝に声をかける。
「おはよう」
「あ、ああ。おはよう」
そう答えながらも、輝は内心では激しく焦っていた。
拓の顔を見た途端、今朝の夢を思い出してしまったのだ。
「オレッ!ちょっと部室に行って来る!」
「どうしたんだ?」
いきなり立ち上がった輝に、直人がそう尋ねる。
「忘れ物」
「急げよ。気を付けないと授業始まるぜ」
「分かってる」
そう答えると、輝は脱兎の如く教室を飛び出した。
パタン、と。辿り着いた部室のドアを後ろ手に閉じた輝は、思わずその場に座り込む。
「も、どうすりゃいいんだよ…………。まともに顔見れないじゃないかッ」
だいたい直人と亨が悪いんだッ。いきなり目の前で、あんな事してくれるから!印象が強すぎたんだよなアレのッ。で、吃驚し過ぎて夢に見たんだ絶対ッ。
内心でそう喚く。
でも!だからって何で相手が拓なんだよッ!
と、自分自身に怒り出してしまう自分に呆れながらも、それでも心の中で輝は喚き続ける。
きっと身近な奴だからだ。きっとそうだ、そうに違いないッ!
そう、かなり自己満足的な結論に達してから。輝は教室に戻るのだった。
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