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09.



「娃月さんはきっと優しい親に育てられたんだろうな…」

俺が呟くと、俯いていた娃月さんが顔を上げた。

夕暮れの中、橙色に染まったダイニングテーブルで俺と娃月さんは向かい合って座っている。

手元では娃月さんの淹れてくれたコーヒーが湯気をたてていた。

娃月さんが首を傾げてみせる。
俺は微笑んだ。

「愛されて育ったのかなって。だから親が子供を捨てるって行為が許せなかったんじゃないかな」

純粋に真っ直ぐに育ったんだろう。
下劣な行為にも目を瞑れないんじゃないだろうか。

俺なんか捨てられた赤ん坊をそのまま無視しようとした。

別に俺の家庭環境が悪かったとかじゃないけど、娃月さんは明るくて家庭円満な中で一身に愛を受けて育ったように見える。

愛され具合ならマキさんの様子を見ればわかった。

それできっと今の娃月さんがあるんだ。

真っ直ぐで素直で優しくて気が利く。ついでに美人。

娃月さんはきょとんっとした顔で俺を見た後でクスリと笑う。

その顔は困ったような、今にも泣き出しそうな顔で、無理して笑っているようで。

予想外の表情に俺は戸惑ってしまった。

娃月さんは目を細めて俺を見ると、着ていたシャツのボタンを外し始める。

「えっ、ちょ…娃月さん!?」

俺は突然の行為に、見てもいいのか悪いのかわからずに慌てていた。

娃月さんの意図がまったくわらない。
何で突然服を脱ぎ始めるのか…!

俺が目を反らして横を向いていると、テーブルを指で叩く音がした。

そっと向くと、娃月さんはシャツをやっぱり脱いでいる。

「娃月さん!…何でいきなり服を、」

言いかけて俺は言葉を止めた。
間抜けのように口を開いたまま。

雪のように白く滑らかな肌…その左肩口から胸の間に裂傷がある。

たぶん手術痕だとは思うが、白く肉が盛り上がった傷痕は異様に目立っていた。

他に目立った痕は見えない。
ただ少し痣があるのが気になった。

「娃月さん…それは」

続く言葉は出てこなかった。
聞いていいものなのか、なぜ娃月さんがこれを俺に見せたのか。

理由は、意味は、意図は…

娃月さんが指先で裂傷をなぞる。

首を振って微笑むと、娃月さんは身動きができない俺の脇を通り抜けて静かに部屋を出て行った。

全てを諦めたような、触れたら砕け散ってしまいそうな、今にも壊れてしまいそうな笑顔。

俺は直感した。

あれは娃月さんの過去…娃月さんが喋らなくなったワケと繋がっているだろうと。

娃月さんは決してただ愛されて幸せに生きてきたわけじゃなかった。

たぶん、それを俺に伝えたかったんだろう。

娃月さんのあの笑顔を思い出す度、俺は悲しくなって泣き叫びたくなる。





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