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08.



『逃げないで、怖くてもあなたは子供を守らなくちゃいけない。親になるってそういうことだから』

娃月さんの渡すメモを彼女はじっと見つめる。

『周りがどうしてもダメなら僕に頼って。助けます。でも僕は赤の他人だから、最終手段です。それからあなたは飽くまで親でいなきゃいけない。育てるのはあなた』

娃月さんは連絡先(事務所のだったけど)を書いて彼女に渡した。

「…わかってたよ」

彼女が小さく呟く。
俺に向かって手を伸ばすから赤ん坊を渡したら、彼女は素直に受け取った。

「最後はあんたに頼ってもいいの?連絡先、嘘じゃないよね?」

娃月さんは頷く。
彼女は赤ん坊を見て微笑んだ。

「じゃあもう少し頑張るからさ…あたしが行き詰まったら助けてよね」
『もちろん。あなたが身動きをとれなくなってしまった時には、背中を押します』

娃月さんは漸くいつものように微笑みを浮かべる。

「拾ったのがあんた等でよかった。…もう少し、あたし頑張るから」

彼女は赤ん坊を抱いてそう言うと、俺たちに背中を向けて歩いて行った。

「…大丈夫かな。まさかまた何処かに捨てたりしないよね」

俺は娃月さんにポツリと呟く。

『きっと大丈夫だよ。彼女には頼るものができたから。僕たちが信じてあげよう』

娃月さんはメモを俺に見せ、ね?と微笑んだ。

「…今日の娃月さん、かっこよかったね」

俺がそう言うと娃月さんは頬を赤くして、ぶんぶんと頭を振っていた。



その数日後、彼女から事務所に電話があった。

あの木の下に手紙を置いてきたと言っていたから、俺と娃月さんは公園に言って手紙を拾ってきた。

中には写真と短い文が書かれた便箋。
親に話したら一緒に育ててくれると言われたと書いてあった。

写真には赤ん坊を抱いた彼女と、たぶん両親と兄弟だろう人が笑顔で写っている。

「よかったね、娃月さん!」

娃月さんと一緒に写真を覗き込んでいた俺は、嬉しくなって娃月さんに言った。

娃月さんの助言があって赤ん坊は無事に生き長らえたし、彼女は自分の子供を育てる決意ができたんだから。

娃月さんは何度も頷いていた。

その目から涙が溢れ出て頬を伝い落ち、声の出ない娃月さんは嗚咽を上げることもなく、静かに泣きじゃくっていた。

俺なんか嬉しくたって、結局飽くまで他人事だ。
だが娃月さんは自分のことのように喜んでいた。あの時、娃月さんは自分のことのように必死だった。

俺は娃月さんに対して少し不思議な気持ちになる。

なぜ他人のことにここまで必死になっていたのかと。

でも俺がわかったのは結局、娃月さんがものすごい優しい人なんだということ。

少し逡巡してから、俺は娃月さんを抱き締めた。

「………っ」

娃月さんの濡れた瞳で青月が揺らぐ。
戸惑っているみたいだった。

「娃月さんのおかげだよ、彼女たちが救われたのは。娃月さんはすごいよ」

そう言って俺の胸に置かれた細く小さな手を握ると、娃月さんの肩が跳ね上がる。

「俺ならできなかった。本当によかったと思う…娃月さんが彼女を助けて」

俺は娃月さんの頭を胸に抱いて、ゆっくりとさすった。

「俺が居るから…好きなだけ泣きなよ」

ちょっと格好付けすぎで俺は恥ずかしかったりする。

でも娃月さんの腕が縋るように俺の背中に回り、ぎゅうっと服を掴んでいる感覚があった。

そして胸に埋められた顔から濡れた感触が伝わり、俺は娃月さんの頭を撫でたまましばらくそのままで居ることにした。

娃月さんの音のない泣き声を耳の奥で聞きながら。





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あきゅろす。
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