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05.



俺は笑顔を浮かべる店員の女の子の前で固まった。

「タダ…じゃない?」
「いえいえ、当店の商品を買っていただいたお客様には無料でプレゼントしております」

輝かしい笑顔だった。
娃月さんが俺の服を引っ張り、自分の鞄から財布を出しかける。
俺はそれを制した。

「娃月さん!…ここは俺が娃月さんに花をプレゼントするから。うん、好きなの選んでいいよ。値段は気にしないで!」

娃月さんはきょとんっとした後、店内を見渡して一つを指した。

一本1500円とか馬鹿げた値段のデカい花。娃月さんは右手をヒラヒラさせる。
1500円かける5本?

慌てて後ろを向いて財布を確認する俺に、娃月さんは楽しそうな笑顔で首を振った。

俺と娃月さんを交互に指差し、並んだ花を示す。

「あ…えーっと…?」

ふ、二人でお金を出して全部買う?
とか思っていると、さっきの店員さんが

「二人で選びたい、じゃないですか?」

と話しかけてきた。
娃月さんはにこにこと頷く。

「あ、そっか…よくわかりましたね」

俺は店員さんに言った。
娃月さんはいつの間にか花を選ぶのに没頭し始めている。

店員さんが喉を指し、小さく指でバツを作った。
恐らく娃月さんを傷付けないようにと、声に出さずにいてくれてるんだろう。とても優しい人だ。
俺は無言で頷いた。

「優しくて素敵な彼女さんですね」

店員さんが微笑む。
俺は曖昧に笑いながら、娃月さんを'優しくて素敵'だと言ってくれた店員さんに感謝した。


お昼過ぎ、事務所に戻ると庭の前にバイクがとまっていた。
娃月さんが首を傾げるのに

「恭弥さんのバイクだよ」

と教えると、娃月さんはコクンッと頷いた。

入って右側の事務所の部屋はいつも通り人気がなく、左側の部屋に入るとやはり恭弥さんが来ていた。

「よ、ご両人。お帰り」

恭弥さんがニヤニヤと笑みを浮かべる。
メグさんも起きていて、キッチンでカップラーメンを作っていた。

「花買いに行ってたワリに、帰り遅かったね」

メグさんがカップラーメンを手に言う。

「あぁ、それは…」
「待て!3分後に話して。時間忘れる」

自分から話しかけてきたクセにむちゃくちゃな人だ。

「恭弥さん、何で居るんですか」
「そりゃないよお前、そんな言い草」
「学校は?」
「おれは半ドンなんで。そういう千鶴こそ、デートでサボりか?」

俺は返す言葉もない。

「図星かよ」

恭弥さんは器用に片眉を上げた。

「あー、こらあーくん。キッチン勝手に入ったらダメだってば。オレたちがマキに殺されんのよ?」

娃月さんはキッチンで手を洗っていただけだったから、メグさんの言葉に拗ねたように唇を尖らせる。

「火には近付かないでねー」

娃月さんは大人しく頷いた。
朝は一人でコーヒーを作ってたけど。怒られない娃月さんは、マキさんの言い付けも守っていないようだった。
21にもなって自炊できないのも、やっぱり嫌なのかもしれない。

「そうそう、何か娃月ちゃんが鉢植えに興味持ってただろ」

恭弥さんが足元の袋に手を伸ばす。
キッチンから娃月さんも顔を覗かせた。

まさか…

「さっきの、やるよ」

俺と娃月さんは顔を見合わせて、コントみたいな馬鹿らしい展開に吹き出した。
娃月さんは声は出ないけど、でもやっぱりその顔は楽しそうなのだ。

「恭弥さん…もう、さっき会った時に言ってくださいよ!」
「あ?何だよ、いらねぇの?」

恭弥さんは怪訝な顔をしている。


その日、娃月さんのミニフラワーガーデンには、3つ花が増えた。

俺と娃月さんが選んだ花。
そして馬鹿みたいに並んだ、無料の地味な花が2つ。

娃月さんは毎日、その花たちを楽しそうに手入れしているのだった。





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あきゅろす。
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