[通常モード] [URL送信]
03.



娃月さんはバスを降りると、せわしなく周りを見回す。
何かを探しているようだった。

「娃月さん…どうし、」

俺が言いかけるのも構わず、娃月さんはバスの進行方向――つまり花屋とは真逆の方向に駆け出した。

「娃月さん!」

俺は慌てて追いかける。
まばらとは言え、人の多い街中だ。娃月さんを追う俺が目立たないわけがない。
これじゃあ痴話喧嘩をした恋人を追いかける男みたいで、無性に恥ずかしかった。

ようやく歩調を緩めた娃月さんの腕を捕まえる。

「娃月さん、ストップ…!」

娃月さんは無我夢中で走っていたのか、腕を掴まれると、可笑しいほどに肩を跳ねさせた。

俺が息をついていると娃月さんが肩をちょいちょい、と叩いてくる。
顔を上げてみて、やっと娃月さんが追っていたものの正体がわかった。

長めの髪を緩く一つに結った頭の、ひょろりとした男が前を歩いている。恭弥さんだ。

俺が理解したとわかると娃月さんは嬉しそうに笑って、俺の腕を引いて跳ねるように駆け出す。
一体その小さな細い体のどこにそんな体力があるのか、娃月さんは全く息も乱さず元気だった。

「恭弥さん…!」

追いついた俺が肩を引くと、恭弥さんは

「あぁっ?!」

と必要以上に驚いて仰け反る。
振り向いて、俺と娃月さんを見つけると

「な…に、してんだオラァ。ビビらせるな千鶴ぅ!」

俺に頭突きをかましてきた。
いつもなら殴っていたかもしれないが、恭弥さんの両手は荷物で塞がっていた。

俺はなぜ娃月さんが必死に恭弥さんを追ったのか納得する。
恭弥さんは花束と小ぶりの鉢植えを持っていたのだ。それまた酷く目立つ。

「お前らなに、デートかぁ?娃月ちゃんに手ぇ出したらマキさんに殺られるぞ」
「そんなんじゃ、ない、すよ」

俺は恭弥さんに頭突きされた腹をさすりながら答える。
隣では娃月さんがしきりに俺の服の裾を引っ張っていた。早く聞け、ということか。

「えーっと…花束?」

娃月さんは首を振る。
唇が『馬鹿にしないで』と動いた。
確かに娃月さんは庭に植える花を買いに来ているんだから、花束について聞いても意味がない。

「花束ぁ?あ、これは聞いてくれるなよぉ、ははははっ」
「鉢植え?」
「あ?鉢植えぇ?これがどうかしたか」

娃月さんと話している俺と、俺と話している恭弥さん。
いまいち会話が噛み合っていない。

俺は恭弥さんに向き直った。

「恭弥さん、その鉢植え、どうしたんですか?」

恭弥さんが抱えている鉢植えを指差す。

「あー?花屋で…もらった」
「もらったぁ?!」

恭弥さんの言葉に俺は目を剥いた。
隣の娃月さんは驚くこともなく、うんうんと頷いている。

「タダですかっ?この鉢植えが?」
「あ?そうだよ。ちょっと行ったとこの花屋でサービスだってもらったんだ」

俺は娃月さんを振り向いた。

「ラッキーだね、娃月さん。近場でタダでもらえるなんてさ!」

娃月さんもにこにこと頷く。
早くも駆け出そうとする娃月さんの手首を捕まえて止め、俺は恭弥さんを見た。

「それより恭弥さん、その花束は…」
「あ?あぁー、これ?これ見舞い!うちの婆が倒れてさぁ!あっはははは、」
「そうですか。それならいいんですけど、女性に花束贈るのは一昔前のパフォーマンスだと思いますよ?」
「うっせーな千鶴のクセに!そんなんはおれの勝手だろうがっ」

そこでムキになるからバレるんだけど。
今から彼女か一歩前の人か、何にしろ女性に会いに行くんだろう。
似合わない花束を持って。

「女性は恭弥さんの'婆さま'ですけど…なにムキになってるんですか?」
「は?あ、あぁ!婆な、うん、婆!一昔前の女だからいいんだよっ」
「そうですよねぇ」

恭弥さんは自分で言って、少し不安になったらしい。

「…花束贈るのって、ヤバい?」

「何がですか?婆さまにはいいじゃないですか」

俺は娃月さんの手を取って、意気揚々と花屋に向かったのだった。




[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!