黒い雲が覆う 突然だった。 町の人達が家に押し掛けてきて、百眼魔王の一族が町に来た話を聞いて、女を差し出さなければいけないと言われて、それから、それから… 「逃げてお姉ちゃん!」 「駄目よ、このままだとあなたが捕まっちゃう。」 「私は気にしないでいいから、早く」 「璃音、聞いて。」 姉の手が私の両頬を包み込んだ。 「お姉ちゃん…?」 「あなたは私の妹よ。私の大事な家族なの。」 体温も言葉もまるで最初の日のようだった。 違うのは、お日様みたいだった笑顔が歪んでしまっていること。 「来い!」 「や、放してっ…」 「お姉ちゃん!」 「暴れるなこのガキ!」 取り押さえられて、力なんかでは適わなくて、手が離れていく。 放り込まれていた物置を脱出し家に向かって走った。だいぶ時間が経ってしまった。 「はっ…は…」 開け放したままの扉、そこら中ぐちゃぐちゃで真っ赤に染まった部屋、倒れている複数の見覚えある姿は明らかに息絶えていた。 兄が…やった。優しかったあの兄が、愛しい人に好きと言われた手を血で汚して。 吐き気と後悔がこみ上げる。兄はもういない。きっと助けに向かったのだ。姉も…。 姉は私を気にかけてくれたのに、私は動けずに連れていかれるのを見ているしか出来なかった。 変えられないとわかってはいても守りたかった。 「追いかけなくちゃ…」 追いかけて何になるの。何が出来るの。 そんなの知らない。あの人を追いかけるのは昔からの癖なのだから。 [*前へ][次へ#] [戻る] |