縁切りの神様 切れぬ縁、其れを人は運命の糸と呼ぶD 「確か‥言い伝えではこう語られていましたよね??」 そんな前置きで宗貞が語り始めた内容は、以下の通りである。 其れは遥か昔、平安の時代。 絶世の美女と謳(うた)われた伝説の歌人、小野小町に深草少将(ふかくさのしょうしょう)と呼ばれる男が恋をした。 だが小町は彼の愛を鬱陶しく思っていた為、自分の事を諦めさせようと無理難題を突きつけたのだ。 『百晩欠かさずに通ってくれましたなら、貴方様を受け入れます』 と。 無論、其れは体(てい)の良い断わり文句だった。 しかし其れを真に受けた少将は約束を交わした日から小町の邸宅へ毎晩通ったのだ。 だが、互いの邸宅は結ぶ距離は約6キロ以上離れており。 尚且つ、途中には小高い丘が横たわっている為かなりの悪路だった。 其れだけならまだしも道中には野犬や狼が出没し。 しかも運が悪ければ盗賊に襲われるという、まさに逢いに行くだけでも命がけで困難を極める道中だったと言えよう。 だから小町も、最初は通って来てくれても何時かは断念するでしょう。と高を括(くく)っていたのだが。 『貴方が私を受け入れてくれるなら、毎夜参ります』 と、少将が誓った様に。 彼は一日も欠かさず通い続けたのだ。 雨の日も、風の日も、そして雪の日も。 其れでも小町は邸宅に辿り着いた少将に最初は会おうとせず 仕方なく、少将は其の近くにそびえたつ栢の木の実(どんぐりの実に似ている)を通った証として一粒づつ荷車の編み籠に入れて差し出したのだ。 そんな、誠実で一途な少将に最初は嫌がっていた小町も徐々に惹かれていった。 そしてようやく後一日で小町と結ばれる、という所までこぎつけた時。 つまり、九十九日目の夜に彼は台風の中も無理を通して出掛けたのだ。 けれど、少将の訪れを心から待ち望んでいた彼女は何も知らずに 『栢の実を置く音もかき消されてしまうから‥軒下に編み籠を移して熱い飲み物でも差し上げましょう』 と言って、健気に出迎えようと待っていたのだ。 しかし運命は時に残酷である。 待っても待っても少将は訪れず、とうとう一夜明けても編み籠の中には栢の実は入らなかったのだ。 何故なら――― 『大変だ!!』 外から焦った様な村人の声を聞き付けた小町が 『どうしたのですか??』 と、尋ねれば。 『都から来た若いお公家様が、大雨で川の水の流れが速くなり、橋もろとも流されて死んでいなさるのが見つかったんじゃ』 まるで耳を疑いたくなる様な悪夢を聞かされて。 小町は其れが少将の事だと分かるや否や、足の震えが止まらなくなりその場にわなわなと崩れ落ちてしまったのだ。 此の物語は『百夜通い(ももよかよい)』と呼ばれ、世阿弥などの能作者たちが創作した小野小町の伝説であり 今も後世にも語り継がれて、親しまれているのだが――― [*前へ][次へ#] |