鶴の一声
再び室内に響く銃声。




ジリジリと痛みが増す。熱い何かが頬から顎に流れ、ポタリとスーツの胸に落ちる。
真っ赤な血。弾は加賀美の頬をかすめていた。

目の前で銃を構えていた海藤社長は、飛び出してきたボディーガードに拳銃を持つ手を抑えられ、それを不快に思ったのか、社長は興味を無くしたように拳銃から手を離した。もしもガードが銃口の向きを変えなければ、自分は眉間を撃ち抜かれていたかもしれない。その事実に今更ながらに震えが走る。


「鷹耶。お前、いい加減にしろよ」

ガードは銃の弾丸を抜きポケットに弾を落とし、銃を背広の内部に収めた。


「あの、くそじじいが。そんなに早く死にたいのならいつでも殺してやる」


目が血走っている。俺なんかを殺したって後悔など微塵もしないだろう。それだけ激高する自分を抑えられないようだ。
しかしいくら孫でも、組織のトップに君臨する、関東で最大の勢力を誇る東雲会の会長に対して口にしてよい言葉ではない。反逆ととられれば、力も実力もある海藤鷹耶とはいえ、皇神会や東雲会を敵に回したらこの世界では生きてはいけない。たとえ、身内であったとしても組織の上下関係は甘いものではない。



依然緊迫した社長室の空気が破られた。それまで沈黙していた秋月が、頬から血を流す加賀美に歩み寄るとハンカチを渡し、出血を抑えるように促した。


「申し訳ありませんね。加賀美弁護士」


ああ、やっぱりまともな人はこの人だけだ。まだ、震える手でグレーのハンカチを受け取りボソリと礼を言う。

「まあ、その傷はどこぞのチンピラにやられたと言うことで・・・よろしいですよね。あなたも弁護士として、相当恨みは買っているでしょうし」

ニッコリ笑顔で秋月は急に妙な話を振ってきた。頬の傷はチンピラにやられたことにしろと。社長に撃たれたことは忘れろと言うのだ。突然の話に、拒むつもりではなかったが、迷いの表情が出てしまったのを秋月は見逃さず、

「納得していただけませんか?では、このまま帰すわけにもいきませんので」

秋月は自分の懐から拳銃を出し、ハンカチで傷を抑える俺のこめかみにピッタリと銃口を押しあてた。その仕様は手慣れていて、懐から銃を取り出し構える仕草は流れるように無駄も隙もなく、思わず見とれてしまうほどだった。自分が今、標的にされているというのに・・・

「なっ、、」

(「俺は、あいつが一番厄介だと思うがな」)
九鬼の言葉がよみがえる。



穏和だと思っていた秋月が、まさか懐に銃を携帯し、先程は気遣うように接してきた自分に対して、社長と同じように躊躇なく俺を殺そうとしている。しかも、仏のような穏やかな表情で・・・


「社長も自重してください。心に思うところがお有りになるとは思いますが、会長の命令は絶対です。反逆は死を意味します。後見人の権限がある以上こちらから手出しすることはできません。機を待つしかありません」


秋月の言っていることに間違いはない。鷹耶でも抵抗できないものがある。そしてその手中に静がいる。
ただ、静を守るために、共にありたいがために自分はこの狂気の世界で生きてきた。人を人とも思わぬような凄惨な事ばかり繰り返してきた。それを苦と思ったことがないのが唯一の救いか。元々自分は生命を尊ぶような高尚な精神は持ち合わせていない。今も、目の前の弁護士を気に入らないの一言で撃ち殺そうとしたくらいだ。

どれだけ力をつけようと、東雲会ではまだ若輩者の自分。九鬼は会長の名前を出せば、鷹耶はそれを無視して乗り込んでくるかもしれないが、周りが何としてでも止めるであろうことを知っていた。



九鬼が加賀美に与えた免罪符。
それは、東雲会会長、海藤修造の鶴の一声であった。

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