策略
「お前のところの元エースが、確か若の秘書に収まっていたはずだ。それにも連絡付けておけ」

「瀬名ですか?」


これもまた、頭が痛くなる。

瀬名は元加賀美の部下で弁護士であった。その手腕は若いながらも群を抜き、将来を期待されていた皇神会弁護士団のエースだった。性格が破綻していなければ・・・の話であるが。
あの秀麗な口から飛び出すとは思えない容赦のない罵声。同僚からは妬まれ、上司は無視。実力があるだけに扱いづらく持て余していたところを、起業する鷹耶が引き抜いたのだ。


アレと非道な若?


この組み合わせって大丈夫なのか。いらない火種を起こすのではないかと、当時は加賀美も気をもんだ。自分も瀬名が苦手であったため厄介払いができるのは好都合だが、自分の部下だったものが海藤家の直系に無礼な態度でもとったら、元上司の俺にまで責任が降りかかってくる。
ここは異動した瀬名が、社長の不興を早々と買って、首になることでも願っておこう。そう思っていた。

しかし加賀美の期待はものの見事に裏切られ、4年たった今も鷹耶の第一秘書として仕えている。性格破綻者同士、相容れるところがあるのか。

そんなところに、九鬼は行けと、命令するのだ。
しかも、あの瀬名に根回しまでしておけと。確かに社長の逆鱗に触れた場合、味方は多いほうがいい。触れた場合・・・というよりか、間違いなく今から逆鱗に触れに行くのだから。
龍のうろこに直に触れるよりは、まだ蛇にかまれたほうがましか・・・


「あれが果たして味方になるかどうか。あそこには秋月さんくらいしかまともな人がいないですよ」

「そうか?俺はあいつが一番厄介だと思うがな」
「そう、なんですか?」

「まあ、殺されそうになったら、秋月にすがれ。なんとかなるかもしれん」
「やっぱり、九鬼さんが行ってくださいよ。あなたなら口でも力づくでも止められるでしょう。」

「バカ言え。今行ったら即殺られる。お前のほうがまだなんぼかマシだ」

昔から嫌われているからなと、眉をしかめる。若とやり合うのは老体にはきついと、男ざかりの40代とは思えないことを言って、意地でも加賀美にやらせるつもりだ。
もう加賀美には退路がない。幹部の至上命令である。

「骨くらい、拾ってくださいね」
「それこそエースが拾ってくれるだろう」
「いえ、あいつにそれを期待するのはあまりにも・・・無情です」

あいつなら、俺の骨を蹴散らすくらいするだろう。踏みつぶすかも。




「それで、俺は何をしてくればいいんですかね」


あきらめて、自分に何をさせようとしているのかを聞き出すことにした。

九鬼が言うには、正午までに社長の元に少年を届けると約束をしていたらしい。しかし、少年は熱があり、怪我もしている。このまま連れて行かずに、九鬼が保護するというのだ。


「そんな勝手な変更、許されるんですかね…」
「許さないだろうな」

「そして、それを知らせるのは俺ですか」
「お前が一番都合がいい」

「どう都合がいいのか説明していただけたら助かるんですけどね」

自ら殺されに行こうとしているのだ。それくらい聞かせてもらっても罰はあたらない。この都合のいい上司にだんだん腹が立ってきたがもちろん顔には出さない。九鬼も相当なてだれであり、幹部への反抗は反逆と同じだからだ。


「免罪符をやろう」


免罪符?そんな便利なものがあるのか?

それから九鬼は加賀美に今回の計画について綿密に話して聞かせた。




2台の車が動き出す。
それぞれ別々の方向に。




車の中で九鬼は誰かと連絡を取り合っている。何件かかけた後、横に座る静の様子を確かめる。先ほどから動かないところを見るとどうやら眠ってしまったようだ。

起こさないようにヘッドホンを外す。自分のスーツの上着を脱ぎ、華奢な体にかけてやった。
顔がほんのり赤い。
熱が上がってきているのかも知れない。
眉根を寄せて眠る表情も苦しそうだ。
嫌な夢でも見ているのだろうか。


(「心配ありませんからね。ゆっくり休んでください」)



車は都心を抜けて西へ向かう。鷹耶から遠い場所へ静を乗せた車は走り去った。







目の前にそびえたつ13階建ての商社ビル。そのビルの地下にシルバーのアウディが滑り込む。
車から降りると、待ち構えていたように黒服の連中が出迎える。瀬名の指示であろう。内心帰りたい気持ちでいっぱいな加賀美は、外見だけは毅然とした態度で虚勢を張った。気は強い加賀美でさえ、今から起こることに気が気ではないのだ。

直通エレベーターで13階につくと、社長室の扉の前に鉄扉面が立っていた。



「ご無沙汰しております」

自分に向って丁寧に頭を下げるこの礼儀正しい社会人は・・・瀬名?

昔、散々命令違反や同僚との確執で迷惑をかけていた自分に対して謝罪の一言もなく、去って行ったあの瀬名?
優秀だけど性格が破綻していて、上司を上司とも思わないあの・・・瀬名?

「どうかしましたか。私の顔に何か」
「い、、いや、元気でやっているようだな。瀬名・・」
「はい、おかげさまで。それもこれも加賀美所長のご指導のおかげかと」



・・・・なんとなく分かってきた。これは世辞ではなく嫌味だ。
口から出る言葉と違い、目は怜悧なままで感情のかけらもない。しかし今はそのことについて考えている暇などない。目の前の問題に全力であたらなければならないのにここで無駄な気力と体力を消耗することは避けたかった。


「さっき、電話で話した通りだ」
「分かっています。こちらも手の打ちようがなくて困っていたところですから。渡りに船と言ったところでしょうか」

やはり、話すことがまともだ。会話の受け答えがちゃんと成立する。瀬名はここにきて変わったのか。加賀美はそう感じた。ミサカが瀬名の人間性をどう変えたのかそれは分からないが、今のこいつなら俺の骨くらい拾ってくれるかもしれない。完全な味方とは言いきれないが、少しだけマシな状況になった。




瀬名が社長室のドアを開け、その後ろに連れだって入出した。

天空の明るい光をさえぎるように落とされたブラインド。その隙間から洩れる光が、デスクに座り両手を顔の前で組んだまま、ドアからくるであろう人物を睨み据えている社長を逆光で照らしている。


(「ヒッ!」)


漆黒の闇のような目、話す前から凶悪な目つき。
あと少し近寄ろうものなら、とびかかってきて喉を掻き切られるのではないかと思うほど、彼は飢えた獣のようなオーラを放出していた。

デスクの斜め前には秋月。

反対側にはボディーガードが社長を守るように立っている。たしか西脇と言ったか。

加賀美は瀬名と同じところまで歩み出て、あと数メートルという近さまで鷹耶に迫った。


これ以上は・・・・無理だ。他者を寄せ付けない畏怖のオーラ。しかも今は普通の状態じゃないはず。加賀美は、軽く息を吐くことで自身を落ち着かせ、なるべく無表情を装い一礼して挨拶をした。




「はじめまして、海藤社長。私は皇神会所属の弁護士で加賀美と申します。九鬼の代理で参りました」



深々と一礼したまま言葉を紡いだが、鷹耶から帰ってきた言葉は、


「貴様に用は無い。九鬼を呼べ」


地の底から這い出るようなドスの聞いた声で、開口一発がすでにこれ?と、やはり九鬼が来るべきだったことを恨みに思った。



「申し訳ありません。予定外の事態が起こりまして、九鬼のかわりに私が参りました次第で・・・」



加賀美の一言一言をその部屋にいる者たちは険しい表情で聞いていた。

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あきゅろす。
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