--03 ◆ 車は走る。 木々の間から差す夕陽が、指折り数える右手を照らす。 学園と市街地を結ぶ、森の中の道。ここを通ると、いつも学園に編入してきたときのことを思い出す。 あれからもう二年。卒業まであと十か月。短いな、と思うし、長いな、とも思う。 「大体ですね、西園寺のレセプションなんて、龍馬様が足をお運びになる必要もないんですよ。桜庭、貴方が断ればよかったんです」 助手席の後ろ、すなわち僕の隣に座る彰人が、運転席の晴一に向かって不満げに吐き捨てた。 「あ゙? 断ったに決まってんだろ。まだ学生なんだから、公には顔出すつもりないってな。司のやつがうるせぇんだよ」 「知りませんよ、黙らせればいいんです」 「それに今回のレセプションパーティは古賀の取引先も参加してるからな。将来につながるだろ」 「コネクションなんてなくても大丈夫ですよ、龍馬様なら」 「愚痴愚痴うっせえな。帝先輩が出てるのに、こいつが出ないわけにいかねぇんだよ」 「だからそんなの……って、はぁああああ!!? 帝様もご出席なさるんですか!?」 「ぅるせえ!! 聞いてねぇのかよ」 「聞いてません!! 尚更行きませんよ、桜庭。Uターンして戻って下さい」 「無理。古賀の次期代表としての責任があるんだよ、こいつには」 責任、か。 晴一は卒業後、昼間は調理、夜間はビジネス関連の専門学校に通っている。最初は大学と考えたが、僕の卒業に合わせるために二年制の学校を選んだ。学費や生活費はすべて祖父が出し、今は東京に住んでいる。今日のように、僕が出席しなくてはならない祝賀会や発表会などがあるとき、その送迎ができるようにという配慮だ。 彰人は"あの"後――…そう、二年前のあの日。僕が入院した日以降、それまで「一切していなかった」らしい受験勉強に着手させ、古賀学園の編入試験を受けさせた。今は僕と同じく古賀学園で暮らしている。高校卒業後、専門学校や大学に通わずとも即戦力となるには、どこの学校よりもこの学園が相応しいと思うからだ。 その責任が、僕にはある。 祖父の会社を継ごうと思った。そのために、必要なものがあった。 縛りつけているのかもしれない、と時折思う。 ならば尚更、 「あのですねぇ……」 「いいよ、彰人」 この不毛なやり取りを止めるべく口を開く。 『お前らって、何なの?』 あのとき答えられなかった。 今でも答えなんて分からない。正しさなんて分からない。 けれど僕なりに、見つけましたよ、西園寺先輩。 「行くから。大丈夫」 多分。 おそらく彰人が案じているのは、そのレセプションパーティに学園の生徒が参加している可能性だろう。今、「木崎」龍馬が西園寺グループのレセプションパーティに参加している、という事実は何かと面倒だ。主に釈明が。 それと、帝さんと僕が接触する、といったところだろうか。あの人は何をしでかすか分からないので、僕もできれば公の場では関わりたくない。「よっ、晶元気?」なんて言われたらたまったものではない。あの人は、晶のことを気に入っているらしい。 彰人は何度か納得いかないといった表情を見せたものの、「……畏まりました」とシートに身体を沈める。ようやく収まったか、と思いきや、今度はまるで世紀末かというような表情で晴一を睨みつけていた。この二人は、いい加減仲良く出来ないものだろうか。 ふぅ、と深く息を吐いた。 [←][→] [戻る] |