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 古賀学園高等部を無事卒業した後、俺様生徒会長様こと西園寺 司は制服のボタンを全てもぎ取られ(そのボタンは今でも高値で流通しているらしい。いらねー)、自分の親が経営する企業に入社した。最初は事務や営業・経理など様々なことを担当させるべく総合職に就かされたらしいのだけれど、どうやら予定よりも早い二年後の今日、本社のちょっとした役職に就くことになったらしい。

 というのを、昨日メールで聞いた。

 最近は忙しいらしい。会ってもいなければ、そういえば電話もしていない。メールも久しぶりだった。
 忙しいことはいいことだと思う。レセプションについても「お前が来たいっつーなら、来てもいいぜ? 俺の将来の秘書候補として」という俺様臭全開で触れていたけれど、返信をしていない。今頃ショボンとしてるだろうけれど、仕事と私事を混ぜてはいけないと思う。

 だから、今は頑張ってほしい。

 開きっぱなしだった会計帳簿を閉じる。一年生の冬、"あの出来事"から俺は変わった。真面目に勉強をするようになった。必修の他に受ける選択科目も、進んで取得するようになった。簿記の勉強もして、こうして会計ソフトを楽に触れるようになった。

 いつか同じ場所に立つから。
 だから。


 「……だから、お前は一回寮戻ってスーツ持って来い。お前の分は着て来いよ」
 「了解です、桜庭」


 はっと我に返ると、ソファに座る龍馬の首根っこを晴一さんが捕まえ、その言葉に深澤が何とも憎らしい声色で返したところだった。ぴき、と晴一さんの額に青筋が走る。


 「てめ……」
 「ほら、さっさと行ったらどうですか? もう十七時半ですよ? パーティ始まりますよ?」


 深澤うぜえ。

 「生徒会の資料を軽く片付けたら行きますよ」という深澤の言葉を信じることにしたらしい晴一さんが、何度か信用ならないといった表情を向けながら生徒会室を出て行く。ずるずると引きずられる龍馬が、サブレを缶ごと抱えていることに気づいたときは、もう生徒会室からその身体がはみ出てしまっていた。
 パタン、と今度は静かに扉が閉まった瞬間、それまで笑顔だった深澤の舌打ちが聞こえた。


 「……お前、本当に晴一さんのこと嫌いなのな」
 「はい、嫌いです」


 振り返った深澤は、これまたいい笑顔でそう宣った。この学園どころか、道行く女性(主に年上)をたちまち虜に出来そうな、爽やかさの中にどこか可愛らしさを印象づけるようないい笑顔だった。

 清々しすぎるその態度に頬を痙攣させた俺に気づいたのか、クスリと笑う深澤は「少し、昔話をしましょうか」と突然切り出した。


 「昔話?」
 「はい。――古賀の家は遠い昔からあります。僕の記憶は、そうですね、明治時代です。"古賀"は当時、古賀ではなかったんです。明治時代、御簾の向こうのあのお方が崩御された際、東京に住まいを移しました。そのとき姓を"古賀"に改めたのです。――…琥珀様が亡くなった、その辛い思い出を振り切るように」


 どうしていきなりそんな話をするんだろうか。

 琥珀様、という聞き慣れない名前に眉を顰めると、深澤はそれを読み取って話を続ける。


 「皇 琥珀(スメラギ コハク)様――皇、は古賀の昔の名前ですが、琥珀様は婚約者に心臓を矢で射たれ、薨去されました」
 「こうきょ」
 「亡くなった、という意味です」
 「婚約者に殺されて?」
 「はい。その婚約者は、本当は琥珀様の使用人である男を殺すつもりだったのです。自分と琥珀様との婚姻の際に邪魔だ、と考え。琥珀様はその男を庇ったのです。その結果、琥珀様は薨去されました」


 その話を聞くに、「琥珀様」はどうやら女の人らしい。婚約者が、琥珀様と使用人の仲を妬んで使用人を殺そうとした結果、その琥珀様が死んでしまった、ということか。


 「その場には琥珀様と、使用人――厨房の板前の息子が一人。後は病弱な琥珀様をお護りするために、深澤の付き人がいました。使用人は皇の一族から糾弾され、京都を離れようとしたものの、そこに住むのは耐えられないと仰る皇の人間が京都を離れました。深澤の一族もそれに付き従い京都を離れた。けれど、その場にいた深澤の付き人は、琥珀様をお護り出来なかった不甲斐なさに耐えかね、自害したのです」
 「…………」
 「そんなわけで、僕はあの男が嫌いなんですよ」


 いきなり話が戻り、一瞬何を言われたのか理解できなかった。


 「はぃ?」
 「その使用人の名前は桜庭と言います」
 「さ、――…」
 「ですからあの男が本来、龍馬様の周りに付きまとっていること自体がおかしいんです。大罪です。あのとき縁を切ったはずなのに、時代がそれを薄れさせました。というか、古賀本家の歴史にさほど興味をお持ちでない龍馬様のお父様がいけないのですよ。分家の人間が知ったら大事(オオゴト)ですよ。あの男が不幸を呼び寄せるんです」


 深澤は憎々しげに一気に吐き捨てた。
 なるほど。やんごとなき御家柄の、古い因縁がお前をそうさせる、ってわけか。理解できないわけではないけれど、明治時代なんてもう昔のことなんだし、今のお前には関係ないんだから許してあげてもいいんじゃないの、と思うのは、やっぱり俺が庶民として生きているからなんだろうか。家柄や力関係の古いしがらみは、この学園で何度も見てきたけれど、やっぱりよく分からない。

 うーんと深く悩んでいると、深澤のクスリと笑う声がした。顔を上げると、どうやら資料の整理はほとんど終わっていたらしい。トン、と紙の束を机で揃え、鍵付きの引き出しにしまう。
 視線が合う。そういえば、深澤と真正面から向き合うことなんて、きっと数えるくらいにしかなかったんじゃないか。

 こいつの眼は、いつも龍馬を見ているから。
 懐かしむような、この世のすべてを見てきたとでもいうような、深い藍色。


 「まあ、あの男がいようがいまいが関係ないんですけどね、僕の場合は。琥珀様をお護り出来なかった、だからもう一度」


 その視線はすっと落ち、頬に睫毛の影をつくる。
 俺の前を通り過ぎていくその瞬間、香のような匂いがした。気が遠くなりそうな、そのオーラに飲まれそうになる。

 す、と扉に手をかける、そのしぐさをきれいだと思う。まるで、正しさを知っているみたい。間違いすらも知っているようで。


 「だからもう一度、あの方をお護りするために、僕は生まれてきたのです」


 ニコリ、と微笑むその表情は、きっと龍馬に見せるものと同じだったんだろう。

 そう思う。あまりにもきれいで、だからその一瞬、動けなくなった。
 深澤は「では、失礼します」と生徒会室を出て行く。パタパタと足音が遠ざかっていく。

 しん、と静けさが拡がる。残されたのは飲みかけのティーカップと、開け放した窓から流れてくる風に乗って漂う、不思議な香の匂い。


 「…………え?」



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あきゅろす。
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