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--04
 
 
 車は走る。森を抜ける。


 出会った瞬間を憶えている。
 例えるなら、それは点だった。平坦な日常の中で、何気ない暮らしの中で、すれ違わずに零さずに見つけることが出来た、一瞬の隙。

 その一瞬が、極上にきらめくんだ。

 結ぶと、それは線になる。
 いつか離れ離れになったとしても、僕らを結ぶライン。

 窓ガラスに映る横顔を盗み見る。
 人は、第一印象でその相手を判断する、という話を聞いたことがある。それならあの日あの瞬間から、この光はずっと続いていたよ。今日まで届けと願っていたよ。

 この先も、続いていてほしい。
 そう願うから。


 (憶えているよ。)
 (忘れないよ。)


 「ありがとう、晴一」


 赤信号で停車する。信号がある、ということは、もう間もなく市街地に出て行くところだろうか。そういえば、先ほどまでよりもすれ違う車が多い。ヘッドライトが薄暗い森の中へ吸い込まれていく。

 そうして窓の外を眺めていたら、自然と言葉が生まれた。


 「多分僕は、お前にまた出会えてよかったよ」


 バックミラー越しに目が合った。「は?」と呟くその表情が、何も分からなくてもいい。
 ふと気づくと、対向車線から向かってくる車が徐々に減速していた。車の窓を開け、車種を確認する。ジャガーの XJ PORTFOLIO 。ということは、


 「あ、」
 「まままままま待って下さい龍馬様!!!」


 声を掛けようと身を乗り出したところで、後ろからいきなり押され窓から転落しそうになった。かろうじてシートに掴まり堪える。車の窓から落ちるなんて、間抜け過ぎる。そういう問題ではないが。
 僕を押したのは隣に座る彰人で、見れば顔面蒼白というか、この世の終わりとでもいうような表情をしていた。


 「覚えてますか! 覚えてるんですか!!!」
 「どうしたんだよ深澤」
 「黙って下さい!! ていうか何で桜庭なんですか!! 僕のこと覚えてますか!!」
 「ちょ……うるせぇ!! 静かにしろ!!」


 再びぎゃあぎゃあと騒がしくなる車内。

 対向車線を走る車が停まり、クラクションを鳴らした。気づいた晴一が車を停める。ヘッドライトが何度か点滅した後ゆっくりと開いた窓から、見知った顔がひょっこりと覗いた。


 「おー、やっぱ龍馬じゃん。晶、学園にいる?」


 無駄のない造作でひらひらと手を振る西園寺 司先輩は、 ARMANI のスーツをその体躯だけで品良く着こなしている。侮辱しているわけではないが、そのブランドの服は全体的に、一歩間違えれば下品というか安っぽい着こなしになりかねないため、それを着こなす先輩は相変わらずスタイリッシュな方だと感心したいところだが、その西園寺先輩が主役のパーティはあと少しで開宴である。


 「います、多分。………けど、連れていかないで下さいね」
 「いーだろ別に」
 「よくありません。引き返して下さい、主役のいないパーティが、どこの世界にあるんですか」
 「俺の世界に」
 「………」
 「つーわけで、後で行くから」
 「あ、」


 ブゥン、とエンジン音と共に、黒塗りの車体が闇に消えていく。
 何をしているんだ、あの人は。社会人のくせに。というか、僕がこうして責任とかけじめとかをつけているときに、どうして自分だけ遊んでいるんだ。納得がいかない。


 「貴方のご友人は大層奔放で結構ですね。あの人がいないなら、行く意味ありませんよね。さぁ、ハンドルを代わって下さい。帰ります」
 「だから友達じゃ……ってお前免許持ってねぇだろ!」
 「馬鹿にしないで下さい。ほら、早く降りるんですよ」
 「はぁ!? こんな山ん中で下ろされたら……」
 「夜は寒いですからね。凍死、ほどでないのは残念ですが」
 「殺すな!!!」


 ……確か、今日のレセプションパーティは都内のホテルと言っていたはずだ。今から行って、部屋を取って、そこに晶を格納しておけば大丈夫だろう。どうせ西園寺先輩もパーティなんて名目、久々に晶に会いたかっただけだろうし、目的は果たされる。阿呆二人の逢瀬に金を払ってやるのは少々渋る気持ちもあるが、出世払いということにしてやろう。忘れた頃に請求してやる。僕が忘れそうなので、彰人にでも言っておこう。こいつならきっと、確実に覚えている。


 三度、ぎゃあぎゃあと騒がしくなる車内を見遣る。彰人がハンドルを奪いに掛かり、それを晴一が死守している状況である。


 まあ、悪くないかな、と思う。


 この日々を、埋もれてしまいそうなほど微かな光を、つないでいたい。
 振り向けば、ふらふらとおぼつか無い、けれど確かなこの線は続いている。

 一寸先は闇で、けれどその先にも光はあるだろう。
 確信をもってそう言える。


 彰人の言う通り、夕方というよりは夜に近づいている森の中は寒く、ぶるりと身震いした。
 車の窓を閉める。対向車の数も徐々に減り、灯もない森の中は暗闇に包まれる。

 視線を移せば、頭上に一番星が見える。眼下に街の灯りが見える。


 もうきっと、悲観したりはしない。絶望もしない。


 だから、もう大丈夫。


 「大体お前が捕まったら……って、おい龍馬、何笑ってんだよ」
 「いや?何でもないが」
 「貴方の顔が可笑しいからですよ、桜庭」
 「やんのかコラ」
 「やんですかコラ」
 「………いいから行ってくれないか」
 「ほら行って下さい桜庭! 早く!」
 「おまえいっぺん死ね!!!」


 手に入れられる未来がある。





 ありがとうございました。




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あきゅろす。
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