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My dear,you're my secret agent lover man.
 
 
 二年後。
 俺は古賀学園高等部・生徒会会長になった。


 「市川先輩」


 生徒会室のド真ん中。机の上には、三年前の生徒会長こと俺の義兄・古賀 帝が特注したらしい「生徒会長」と書かれたプリズムが光る。馬鹿馬鹿しい、と思いつつも、先日遊びに来た帝先輩が「お前これ捨てたら呪われるぞ。これ作らせるとき、中に蛙の脚入れたから」とか言うものだから、捨てられない。嘘だろ、とは思いつつ、あの人ならやりかねない。そう考えると捨てられない。


 「何?」
 「明日の部の予算会議なんですけど……」
 「あぁ、場所なら小会議室押さえといたから大丈夫。中会議室使えなかったんだろ? ちょっと狭いけど、日付ずらすよりマシかなーって。バスケ部の大会の関係もあるし」
 「あ、ありがとうございます!」


 机の端のファイルを引っ張り出して言うと、小動物のような後輩――生徒会補佐、兼執行部は頭をぺこぺこと上下させた。


 「じゃあ、あとは資料の配布だけですね。各部活の顧問の先生に提出してきます」
 「うん、お願いします」


 答えると、後輩は笑顔で軽く礼をし、生徒会室の扉へと向かっていく。

 仕事が出来る後輩って素晴らしい。

 俺の代の生徒会役員は、俺様と王子様とワンコと甘党。確かに仕事は出来たけど、何というか、どこかぶっ壊れた人ばかりだった。生徒会室は散らかってるし。大体お茶飲んでるし。
 後輩の後ろ姿を見送り、感慨深い気持ちになる。ふう、と息を吐くと、机に突いた左肘の辺りにカチャン、と陶器のぶつかる音がした。


 「お疲れ様です、市川先輩。少しお休みになってはいかがですか」


 ニコ、と笑うのは生徒会副会長である、―――深澤 彰人だ。

 深澤が生徒会に入ってからというもの、俺の「お茶淹れ」「お菓子出し」というポジションはすっかり奪われてしまった。こいつの淹れるお茶は普通に美味しい。美味しいというか上手い。これで仕事も出来るから、今年中には生徒会長の座を奪われるのではないかと、カップに口をつけた。


 「ありがと、深澤」
 「いえ、龍馬様のついでですから」


 まあ、それはないか。こいつは龍馬にべったりで、仕事に身を奪われる生徒会長なんて望まないだろうし。


 当の「龍馬様」は応接セットのソファで脚を組み、優雅に明日の部活動予算会議の資料に目を通している。紅茶が鬱陶しいくらいに似合う。深澤はその横につくと、「いかがですか」とトレー片手に笑顔で感想を求める。「ダージリンか」「はい。ファーストフラッシュをいち早く仕入れました」「これは美味しい」と呑気な会話を繰り広げ、


 「……って、深澤!!」
 「はい?」
 「おま、お前そのファーストフラッシュって……」
 「はい。生徒会の費用から」
 「昨日会計帳簿見たら「雑損 12580」ってあったけど、これか!! 何だよ雑損って!! 損失じゃねえじゃん!!」
 「むしろ雑益ですよね、龍馬様の笑顔が見られるんですから」
 「お前の脳みそが雑損だよ!! 残念すぎるよ!!!」

 
 もうやだ。ありえないんだけどこいつ。

 パソコンを立ち上げ、会計帳簿の「雑損」を「雑費」に変える。これ、不正だろ。生徒会副会長で、仕事も勉強も出来すぎるくらい出来るくせに、こういうところで馬鹿なんだよこいつ。龍馬バカ。


 「お前がこんなことするから、俺が監査に怒られるんだろ……」
 「僕を執行部に移して下されば、こんな些細な失態も犯さないんですよ。やっぱり僕には執行部の仕事が向いてるんです」


 執行部――龍馬の担当部署に移りたい深澤が、ハァとわざとらしくため息を吐く。こんなハイリスク・ハイリターンな人間を副会長に配置しておいて、本当に大丈夫なんだろうか。何というか、初期・紫先輩と同じ匂いがする。

 ニコニコと笑顔で宣う深澤に向きあい、ひく、と頬を痙攣させたとき、


 「――――おい深澤!!!」


 スパァン、と小気味いい音を立て、生徒会室の扉が勢いよく開いた。


 「………あれ」
 「何ですか? 廊下は走ってはいけませんよ、もう忘れたんですか」
 「るせぇ!! お前、授業終わったら正門まで龍馬連れて来いっつっただろーが!!」
 「は、るいちさん?」


 少し大人っぽくはなったけれど、背格好は変わらない。古賀学園高等部の卒業生に当たる桜庭 晴一さんが、息を切らし、つかつかと生徒会室に入って来るなり深澤のネクタイをわしっと掴む。よほど急いで来たのか、ワイシャツの襟元が乱れている。
 俺の声に気づいたらしい晴一さんが、手の力を緩め「あれ、市川?」と目を丸くした。その隙に深澤は晴一さんの手をぺいっと撥ね除ける。


 「お前何でここにいんだよ」
 「それこっちの台詞ですよ……どうしたんですか?」
 「あ? あぁ、今日西園寺のレセプションにこいつが呼ばれてて、で深澤に「授業終わったら龍馬連れてスーツ持って正門来い」っつったのに来ねぇんだよなぁおい?」
 「聞いてませんね。忘れてました」


 会話の途中でターゲットを変えた晴一さんに、深澤は制服の襟を直しながらつーんとそっぽを向いた。


 「てめぇふざけんじゃねぇよ!! 仕事なんだぞ!! お前の機嫌で左右されてたまるか!!!」
 「いいじゃないですか!! どうせ西園寺先輩の昇進お披露目会でしょう!?」
 「だーかーらー行くっつってんだろーが!!」
 「嫌です! 僕あの人嫌いです!!」
 「知るか、んなもん!!」
 「会うたびに龍馬様に付きまとって無礼を働いたその挙句、僕を馬鹿にしてるんですよ!? 貴方の友達は野蛮ですね!!」
 「あんなのダチじゃねぇ!!」


 何か論点ずれてるし。

 当の龍馬は「そんな催しがあったのか」とサクサク音を立てながらサブレを食べるその手を速めている。おそらく「巻き」の状態なんだろう。こいつの複雑、に見えて単純すぎる思考回路なんて簡単に読めてしまう、そんな自分が悲しい。
 西園寺のレセプション。なるほど、だから晴一さんはスーツなのか。
 これ以上放っておくと高級サブレがなくなる、と手を伸ばしたとき、「で、お前は行かないのか?」と龍馬が訊ねる。


 「え?」
 「だから、西園寺先輩の」
 「何で?」
 「……何で、と言われても」
 「だって俺関係ないし。別にプライベートなパーティでもないんだから、俺参加する必要ないだろ」


 何でも俺とセットで考えるなよ、とサブレを口にした。ほのかなレモンの香りと、サンドされたホワイトチョコレートガナッシュが美味しすぎる。



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あきゅろす。
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