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「今回のパーティをきっかけに司と婚約させて、西園寺との事業提携を本格化させようとしてるってところね」
「………え」
ほら、と言われて見た先には、司と笑い合う実里さんの姿。
じくりと、心臓が痛んだような気がした。
「そこまで悲しそうな顔しないでよ」というエレナさんの声で、俺はまた視線を元に戻す。
「私は反対よ。ていうか、あんなふわふわした子に西園寺の妻は務まらないわ」
「………あの、」
「第一司が断るでしょうね。ああいうタイプ、あの子嫌いだし」
エレナさんは通りがかるウェイターに軽く右手を挙げ、ドリンクを受け取った。「お連れ様は」と問われ、俺は首を横に振る。
「今日、どう思った?」
グラスに軽く口をつけ、エレナさんはそれをテーブルに置いた。
中身がゆらりと揺れる。
「どう、って」
「これが"私たち"の暮らす世界なの。家柄だとかしがらみだとか、そう言ったものは生まれつき与えられたもの。死んでも手放すことは出来ないわ」
指先がグラスをなぞって、ルージュの痕を拭った。
添えた中指には傷があった。血が集まって、まだ少しだけ赤い。
無意識に、テーブルの下に隠れた自分の掌を見た。男らしいゴツさもない、室内にいるから日に焼けてもいない手だと思った。
「司がアキちゃんを好きってことは知ってるわ」
「……え゛」
「何言ってんの。バレバレじゃない」
いや知ってる。ぶっちゃけ、俺も知ってますけど。
こうやって第三者から改めて言われると恥ずかしいというか、弟さんホモですけど大丈夫ですか?というか。
「男同士とか、そういうことに偏見はないつもり。ファッション業界って、そういう人多いし」
「………そうですか」
「司って結構一途なところがあるから、これから先ずっと、アキちゃんのことは好きだと思うの」
「何があっても」と、エレナさんは付け加える。
「アキちゃんが本気ならいいの。でも、司と付き合うということは、西園寺の後継ぎと付き合うということなのよ、大袈裟に聞こえるかもしれないけど」
「俺は、」
「だから今、覚悟が欲しいの」
本気とか、本気じゃないとか。付き合うとか付き合わないとか。
まとまらない思考の中で、それでもエレナさんの声はやけにはっきりと聞こえた。
「これから先、同性で付き合っていくのは楽なことじゃないわ。西園寺家の後継ぎと縁談を結びたい女なんて、掃いて棄てるほどいるの。恋人として公に出ることも許されないかもしれない。そういう環境の中で今後、司と付き合っていくことが出来ないなら、いま身を引いてほしい。今ならまだ間に合うから」
司が一途だなんて、うんざりするほど知ってる。
だってその感情は全部、俺に向けられたものだったから。
エレナさんが今日、俺をここに連れてきた意味がやっと分かった。
これが司の棲む世界で、俺が入るはずのなかった世界だ。そこに生半可な気持ちで足を踏み入れるということは、最後にはきっと傷つくし、司のことも傷つけるということだ。
うまくいく、なんてことはきっとありえない。
見据えた先には何もない。
好きとか嫌いとか、そういう感情だけで動けるほど。
簡単じゃないのかもしれない。それなら俺は、どうしたらいいんだろう。
グラスの氷が溶けて、カランと鳴った。
いつの間にか遠ざかっていた周りの音を、俺はようやく取り戻す。
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